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5【親友か恋人】
教室前の廊下まで着くと、「じゃあね」と日中は離れていく。
俺たちは違うクラスになってしまったからだ。
同じクラスだったら、授業中でも日中を眺め放題だったのに、そこだけは残念で仕方ない。
百合本が同じクラスでうらやましい。
俺も入れてくれよ。
日中が隣の教室に入っていくのを見送りながら、俺は足取り重く、自分の教室に入った。
「よう、小花」
人の首に腕を回してきたのは、友達の平出。
黒い布マスクをして、目元だけしか表情がわからない。
でも、目を細めているから笑っているんだろう。
「朝から何だよ、重い、離れろ」
「日中にはそんなこと言わねえくせに」
「日中はそんなことしないし」
馴れ馴れしく抱き着いたりしない。
これが日中だったら、俺はニヤニヤしてしまいそうだけど。
「つーかさ、お前らまだ付き合ってねえの?」
「つ、つきあう!?」
付き合うって、恋人ってことだろう。
日中と恋人なんて、とんでもない。
日中は親友だ。
親友のなかの親友。
そして、何より大事な人だ。
「付き合ってねえのかよ。じゃあ、あの百合本は何で振られたんだ?」
「百合本が振られたって、どういうことだよ?」
「百合本が日中に告ったらしい。でも、朝、お前と一緒に登校してきたってことは、百合本は振られたんだろうな。気になるわー」
いつもなら平出に対して、「ゴシップ好き」は、そこまでにしておけよと言えた。
でも、もう、俺は百合本が日中に告ったという話で、頭がいっぱいだった。
「おーい、小花、聞いてる?」
百合本が日中に告白した。
その事実を突きつけられて、何でこんなにも胸が苦しくなっているんだろう。
前も女の子に告白されたと聞いて辛くなったけど、今はもっとだ。
大事な人に昇格した親友って、こんなに苦しいのか?
「全然、聞いてねえ」
日中に真実を聞く勇気が無くて、まだ話しやすい百合本に聞いてみようかなと思った。
廊下で待っていたら、百合本が登校してきた。
マフラーをした百合本は半分くらい髪の毛が隠れている。
長くてくるんと上を向いたまつ毛。
大きめな瞳が俺を見つけて、ますます大きく見えた。
「なあ、百合本。話があるんだけど」
「話、ここじゃダメなの?」
「うん」
「わかった」
百合本は納得してくれたらしい。
バッグを教室に置いてから、俺の後についてきてくれた。
人気のない踊り場。
俺は何となく窓を見上げながら、「あのさ」と切り出した。
「日中に告白したって本当か?」
心臓がバクバクいっている。
「本当」
予想していたはずなのに、はっきり答えられると次を聞くのが怖くなった。
だけど、聞かなきゃこのモヤモヤは晴れない気がする。
「好きって友達の好きじゃなくて、恋人の好きってこと?」
「そうだよ。わたしは日中くんのことが好きだった。彼女になりたいって本気で思ってた。だけど、わたしじゃ、ダメなんだ。どうがんばっても。諦めるにしても、ちゃんとケジメは、つけておこうと思って」
「で、その告白の結果は?」声がうわずる。
「それ聞いてくる? あんた、デリカシーなさすぎ。予想通り、振られたよ。好きな人がいるって」
「そうなんだ、好きな人がいるんだ。それなのに俺のこと……」
好きな人がいるのに、日中は俺の世話をしてくれたのか。
俺を一番大事にしてくれるのはありがたいけど、そのせいで幸せを逃しているなら良くない。
日中には幸せになってほしい。
そのためなら、日中から卒業したっていい。
「ちょっと、勝手に変な考えしてるなら、やめなよ」
「変な考え?」
「日中くんがあんたのせいで犠牲になってるとかさ。まあ、どうせ、あんたはまだ、自分の気持ち自覚してないんだろうけど。そんな状態で日中くんの気持ちを考えないでほしい」
「自分の気持ち……」
「そう。あんたにとって日中くんは親友でしかないの?」
「そりゃ、親友でしか……」
ないと言い切りたいのに、何か胸の辺りがもやもやする。
「日中くんの気持ちを確かめる前に、自分の気持ちがしっかりしないとダメでしょ。あんたにとって日中くんはどっちの意味で好きなのか、本気で考えなよ。日中くんはたぶん、あんたの気持ちが追いつくのを待ってんだろうから」
百合本は自分が振られたっていうのに、俺なんかの相談に応えてくれる。
きっと、それが日中のためになると思っているんだろう。
「俺、考えてみるよ。考えて、ちゃんと結論出す」
「泣くなよ、バカ小花」
ださいけど、泣いてしまっていた。
「これ、貸すから」
男前の百合本から可愛らしいピンクのハンドタオルを受け取った。
「ありがとう」
鼻水も拭き取ったら、「それ、返さなくていいから」と汚物を見るような目で見られてしまった。
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