8【素直なところ】

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8【素直なところ】

机に突っ伏してたら頭上で「小花ー」と呼ぶ声がした。 顔なんか上げなくたって、平出の声だということはわかる。 無視はいけないと思っても、今はひとりにしてほしかった。 ひっそり日中のことを考えたかったのに、平出は許してくれない。 「小花、小花」 「何だよ」 しつこく話しかけてくるので、顔を上げてみれば、予想通りのマスク顔だった。 「お前こそ何だよ、その顔。死にそうだな」 「もう、すでに死んでるよ」 色々やらかした。 日中に対して、あんな態度を取ったのははじめてだ。 すげえ嫌なやつだと思われただろう。 きっと、日中に嫌われた。 自分の気持ちとか考えている場合ではなくなったかもしれない。 能天気な平出はマスクを指でつまんで、位置を戻した。 「大げさな。つーかさ、お前ら喧嘩したのか?」 「してない」 「さっき日中とすれ違ったら、すげえ暗いオーラが出てたんだけど」 「まさか」 あの日中が暗いオーラを出すわけがない。 いや、でも、怒っているとしたら、ありえるかもしれない。 どうしよう。 日中を怒らせたことなんてなかったから、対処の仕方がわからない。 「心当たりありそうだな。まー、大体想像つくけど」 平出は目を細めている。 きっと、マスクの下はニヤニヤしているのだろう。 他人のことは面白がるのが、こいつの悪い癖だと思う。 そんな平出にも苦手なものがあるらしい。 「ちょっと、平出」 ぬっと横から顔を出してきたのは、今日もメイクばっちりの百合本だった。 「ゆ、百合本」 百合本と対面した瞬間、平出が取り乱したように後ずさりした。 このふたりのやり取りは初めて見た。 「え、百合本と平出って知り合いなの?」俺がたずねた。 「知り合いっていうか」平出は珍しく、歯切れが悪い。 「家が近所で、幼なじみ」百合本が代わりに答えてくれた。 「そうなんだ。俺と日中みたいな感じ?」 「全然、違うから。わたしは平出とはまったく仲良くないし。平出はわたしの弟とべったりだし」 「べ、べったりって、あいつが一方的に俺につきまとってるだけだって」 どもりまくりの平出は、否定になっていない。 「それはひどくない? 小花ー、聞いてよ。平出ね。子供の時、うちの弟を女の子だと勘違いしてね……」 「うるせえ! それ以上言うな!」 平出は声を荒げた。 不思議なのは頬も耳も真っ赤だったことだ。 平出は拳を握りしめ、呼吸を荒くさせた。 怒ったのか、机をはね除けるかのような勢いのままに、どこかに行ってしまった。 「百合本、あんまり怒らせんなよ」 「怒るってことはよっぽど言われたくなかったみたいね」 「百合本って、そういう意地悪なとこあるよな」 「わたしのことはいいんだって。で、日中くんと何があったの?」 平出との会話を聞いていたんだろうか。 百合本相手だったら、すごい心強い。 「聞いてくれるか?」 「いいよ」 それが合図になって、全部、ぶちまけた。 ここ最近、日中の顔が直視できないことも。 今朝、日中にとったバカな行動のことも。 百合本はすべて漏らさず聞いてくれた。 最後まで聞いてくれた後に、長いため息を吐く。 「あんたって、相変わらずのバカ」 自分でもバカだと思っている。 「そんなのわかってる。でも、しょうがないだろ。日中の顔がまともに見られないんだし」 「そこまでわかってて、何でかなー」 「どういう意味?」 百合本は答えずに首を横に振った。 あんたにはわからないでしょとでも言いたげに。 「わたし相手に言っていないで、もう、全部さ、日中くんにぶつけたら?」 「ぶつけるってどうやって」 「あんたが思ってること、素直に伝えてみれば? 顔が見られなくなって困ってますって」 「そんなの……」 できない、と弱音が吐きたくなった。 でも、今のままじゃ、たぶんダメだ。 それはわかっている。 「あんたの良いところって素直なとこでしょ? それをとったら、ただの間抜け顔のおバカ」 そうなのか。 確かに嘘は苦手だけど、素直なのが俺の良いところなんだとしたら、答えは単純なのかもしれない。 「わかったよ、俺、日中に伝えてみる」 しかも、今日は日中が俺んちに来る日だから、ちょうどいい。 「ま、がんばって」 「おー、今度、何かおごるから」 「じゃあ、ケーキ」 「あんまり高くないやつで」 ちゃんと、今朝のことも謝って、日中にここ最近の気持ちも全部、伝える。 それがどう転ぶかわからないけど、今みたいに中途半端に悩んでいるのは良くない。 俺の心は燃えていた。 「おっしゃ!」 端から見ていた百合本には、「暑苦しっ」と言われてしまった。
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