9【日中の背中】

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9【日中の背中】

今朝、俺がひどいことをしたのに、日中はちゃんと待っていてくれた。 口元は笑っていたけど、目を合わせる勇気はなかった。 百合本の前ではあんなに気合いを入れたくせに、本人を前にすると、何にも言えなくなる。 相づちも「えー」「あー」とか、うまく言葉が出てこない。 知らず知らずのうちに歩き出して、表面的には普段通りに行く。 僕の心を知らない日中は、普通に質問してきた。 「小花、何食べたい?」 「えっ?」 「今日の夕飯、僕が作るから、何食べたいかなって」 また、すっかり頭から抜け落ちていた。 日中は今日、俺のために夕飯を作ってくれるんだった。 日中の質問を受けて、何が食べたいか考える。 とはいっても、一択しかなかった。 日中が料理してくれると聞いて、ずっと、それを食べたい口になっていた。 「カレーライスがいい」 「うん、わかった」 俺の答えを受け取ったはずの日中は、肩を揺らすほど笑う。 この笑い方なら、あんまり緊張しないでいられる。 昔に戻ったみたいに、日中の顔を普通に見られた。 だけど、さすがに笑いすぎだと思う。 「何で、そんなに笑ってんだ?」 「ごめん、小花らしいなって思って。週一でカレーでもいいでしょ?」 さすが幼なじみ、親友だと思う。 俺の行動もお見通しらしい。 「うん、それ最高」 「他に食べたいのは?」 「ポテサラ」食いぎみに答えてしまう。 「じゃあ、カレーにポテサラもつけようか」 「やったー!」 拳なんか突き上げたりして、喜びの表現が子供っぽかったかもしれない。 日中は笑ってくれるけど、恥ずかしさを感じて、体が熱くなってきた。 本当に日中の隣にはふさわしくない人間だと思う。 ――だけど。 歩く速度をゆるめたら、日中の背中が見えた。 この位置で眺めている方が俺らしいかもしれない。 それでも、嫌なんだ。 できたら、隣でいたい。 そのためには、ちゃんと謝るときには謝らなきゃダメだ。 先延ばしにすればするほど言いにくくなるだろうし。 「小花?」 「日中、こんな俺でごめん」 頭を下げたまま、日中の顔を見ないようにした。 そうしなきゃ、たぶん謝れない。 「え、どうして、謝るの?」 「今朝、ひとりで行っちゃったから」 「そうだね。確かに驚いた。今まで、こんなことなかったから、ショックだったよ」 「ごめん。俺、もう、日中の前から逃げない」 正直、顔を上げるのは怖かったけど、いつもみたいなバカな俺で何も考えないようにしてやってみた。 そうしたら、優しげな目で見つめてくる日中がいた。 日中はこういうやつだ。 いつだって俺に対して優しくて、見守っていてくれる。 目の前の日中の笑顔を見つめて、暖かい感情があふれてくる。 ――俺は日中が好きなんだ。 さすがに、ずーっと前から好きだったとは言えない。 この気持ちを自覚したのは最近だし、「好き」は今になって、だ。 胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。 まだ、伝えるには臆病な俺だけど、日中から逃げちゃダメだ。 「小花が何で僕の前から逃げたくなったのか、理由を聞いちゃダメかな?」 これはチャンスかもしれない。 「ダメじゃない。日中には聞いてほしい。 最近、日中の顔を見ると、体が熱くなってきて、変なんだ。自分じゃないみたいで、それが怖くて、逃げ出したんだ」 たぶん、そんなことになってしまっていたのは、俺が日中を好きだからで。 口に出して、その先の「好き」は言えなかった。 伝える前に、日中が「それって」とか、「マジか」とか、呟きだしたからだ。 口元を手で覆っているのも不思議だった。 「日中?」 「あの、その、ちょっと待って、頭のなか整理しているから。あ、とにかく、行こっか。ね」 促されるまま、歩き出す。 俺は日中の行動の意味がわからなくて、言わない方が良かったのかと、少しずつ後悔しはじめていた。
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