日常

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何から話せばよいものか。 どうやら発声は難しいようなので、これは私の胸の内でだけ繰り広げられる戯言だ。 胸がどこで、頭がどこか、はっきりとはわからない。 現在、私は消しゴムだからだ。 どうにもばかばかしいと思うだろう。 私もそう思う。 気がついたらこうなっていた。 私の持ち主は、黒田しん。 小学二年生男子。 これが何を意味するか、皆さんおわかりだろうか。 想像してほしい。 持ち主として、これほどふさわしく、同時に最悪な者はそういない。 間違わずに文字を書くことがまずできないのがこの年頃の男の子である。 ついでにいえば、黒田しんは落ち着きがない。 私の服をはがし、身体を鉛筆の先でつつきまわし、しょっちゅう落とす。 私はすでに傷だらけだ。 黒田しんには悪い癖がある。 テストの名前欄をまず黒々と塗りつぶす。 そこから私を使って周りを白く削り、名前を浮き上がらせる。 名前に時間をかけすぎて、問題にたどりついたためしがない。 何故そんなことをするのかさっぱりわからないが、私の白い身体はそのせいで真っ黒である。 せめて消しゴムでなく鉛筆になれたならば。 誰かの心を揺り動かす文章が書けただろうか。 誰かが辛い時に寄り添える音楽を生み出せただろうか。 ノートになれたならどうだろう。 誰を慰めなくてもいい。 自分を癒すことができたならば。 黒田しんは今日も私をぐにゅぐにゅぐりりとこき使う。 名前以外の文字も書いてみないか。 あの漢字の洗練されたシルエット。 数字の美しさ。 絵でもよい。 ごりごりごりごりきゅむ。 文字通り身が縮む。 黒田しんは鼻の穴をふんふんとふくらませながら私を紙にこすりつける。 「この白がだいじなんだよ」 私の生は、黒田しんにとっては無意味ではない。 135b05ac-5f17-4a8a-b3b9-4c1c08d7249a
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