窓辺

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尾行して3回目で、ナナセの職場が分かった。 といっても、繁華街の雑居ビル。 その6階の、何をしてるか分からない事務所。 そこまでしか分からなかった。 これは聞いてみるしかない。 「あのー、すみません」 ビルに入ろうとする男に声をかけた。 わりと目立つ若い男で。 何度か見かけて顔を覚えている。 人当たりの良さそうな笑顔で、管理人や一緒にエレベーターに乗る人に小気味良い挨拶をする。 好青年という感じ。 だが着ているスーツは上等で、随分と着慣れて見える。 溌剌として若く見えるが、カイチより5、6年は上だろう。 この男は7階の法律事務所勤めだ。 頭の中で勝手に弁護士ということにしている。 「はい?」 男は笑顔で振り返ったが、カイチの顔を見て。 わずかに。 その表情が曇った。 「すみません、  このビルにお勤めの方ですか?  ここの6階のこの事務所、  何をしてるんでしょう。  最近友人がここに頻繁に来ているんですが、  どうも怪しいというか、  心配になりまして、  取り越し苦労ならいいんですが」 疑問を与えないよう一気に喋る。 「えと、  あのー」 「あ、自分はキドといいます。  知り合いというのはナナセ…」 そこまで言った瞬間だった。 男は張り付けた笑みを消して。 カイチの胸ぐらを掴み。 エレベーターの中へ引っ張り込んだ。 「なにすんですか!」 壁に押し付けられ。 腕を捻られて身動きが取れない。 弁護士というのは武闘派なんだろうか。 なぜこんな若くて背の高い男を。 もっとも勝ち目のない相手を。 選んで話しかけてしまったのか。 カイチは自分で自分を馬鹿馬鹿しく思った。 状況が全く分からない。 とにかく何か。 まずいことになったのだとしか。 分からない。 男は6階か、7階へ向かうと思っていた。 違った。 エレベーターを降りると。 屋上だった。 このまま突き落とされて終わりとかいう。 笑えない想像をした。 屋上のフェンスは頭上まである高いもの。 簡単には乗り越えられない感じがした。 ひとまずほっとした。 しかし今度はフェンスに押し付けられて。 「何者だ」 すごまれた。 やはりやばい組織なのだろうか。 「便利屋やってる者で、キドと言います」 「本名は」 「本名ですよ!  キド・カイチ。  26歳。  生年月日とか住所とか言えばいいですか?」 「ナナセ、というのは」 「友人ですよ。  高校の同期で、ナナセ・ミサワ。  なんか最近変なことしてて、  心配であとつけたら、  ここに来てるんですよ」 嘘はついてない。 依頼について伏せただけだ。 「あんた、  何なんですか。  ナナセを知ってるんですか?」 「…」 言いたくないことは黙るか。 ナナセと同じだ。 不意に。 腕を捻っていた手が離れた。 「君、記憶提出をしていないよね」 男が。 コートの襟を直しながら言う。 その言葉で。 察してしまった。 男の正体も。 この建物も。 政府の捜査機関のものだと。
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