夢夜

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薄暗い事務所で。 桶に水をためながら。 少年は。 衝立の奥を見やる。 カイチが。 界析装置に繋がれていた。 「本当に、  またやるの?」 濡れタオルを持って戻る。 「ああ。  何か、分かりそうなんだ。  ナナセのこと」 「こんな連続で2回も受けて、  大丈夫なの?」 洗い屋を振り返る。 「まさか。  危険に決まってんだろ。  ここじゃリミッターもないし、  今回は穴を探るんだから」 「穴?」 「前に記憶を読んだ時に見つけた。  うまく隠されてたけど、  穴がある」 「穴ってなんなの?」 「封印された記憶の落ちる場所だ」 「封印」 「穴に落ちた記憶を補うように、  辻褄合わせの縫い目が走ってる。  まずはそれを解く」 界析装置が。 重苦しい音を立てて動き出す。 記憶か。 夢か。 過去か。 未来か。 「入り口は、歌だな」 ざわりと。 鳥肌が立つ。 眠れ… 眠れ… 拳を握る。 「力を抜け。  抵抗すると痛むぞ」 「でも…」 冷や汗が流れる。 緊張して。 身体が震える。 「拒絶反応だ。  縫い目を解くのに抵抗してる」 「どうすれば」 「無理やり突き破ろうか」 ナナセの声で。 歌っている。 その声が急に止む。 「ナナセ…?」 「君はそのままでいいんじゃない?」 そう言われたのは。 高校生の頃だった。 桜が咲いてた。 テストで赤点を取って。 ナナセは頭がいいから。 どうすればいいかと。 聞いた? 「赤点取ったのはいつだ?」 数えるほどしかない。 1年の後半と。 3年の最後の方。 「ナナセに聞いたのは?」 桜の咲く時期に。 クラス替えの直後だ。 なんで赤点の話なんかするんだ? 2年生になったばかりだった。 「誰の言葉だ」 そのままでいい。 桜を見下ろすナナセが。 綺麗だと思って。 そのままでいいんじゃないか。 そう。 言ったのは。 自分だった。 地面が消えて。 真っ暗闇に落ちる。 「穴を見つけた!」 落ちていく。 落ちていく。 校庭で一緒に過ごしたこと。 授業をサボったこと。 放課後にゲーセンに行ったこと。 夕焼けの中を帰ったこと。 肩を組んで歩いたこと。 夏休みに宿題をしたこと。 冬にマフラーをもらったこと。 喧嘩して仲直りしたこと。 ふざけすぎて怒られたこと。 言い合いになって泣かせたこと。 笑いすぎて泣かされたこと。 ぐるぐると。 目が回る。 こんなにも沢山の。 ナナセのこと。 どうして今まで忘れていたんだろう。 「これを封印するためさ」 赤い。 螺旋階段があった。
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