しらなみ

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「これでどうだ?」 男はこんがりといい色に焼けて。 清々しい笑みを浮かべ。 女に写真を差し出す。 女は写真を手に取り確認する。 デスクから半透明のファイルを取り出し。 その中身と見比べる。 ファイルの中には。 撮ってきた写真と似たような画像。 海。 波。 空。 でも歪んでいたり。 色がきつかったり。 逆に淡かったり。 輪郭はほとんどぼやけて。 捉えられる部分は円形だ。 中心ほど明細で。 周辺が失われていく。 女から、この訳の分からない画像を見せられ、同じ場所で同じように見える写真を撮るよう依頼を受けた。 ちなみに男は写真家というわけではない。 カメラも、女が手配したものだ。 男はカイチと名乗っている。 便利屋家業を営んでいる。 できることなら何でもする。 あまり細かなことはできない。 主に肉体労働だ。 女は男の雇い主。 ここは女の書斎。 本棚とデスクしかない。 女はまだ若いが、この一軒家に一人で住んでいる。 手入れは行き届いているが、自分で掃除をしているわけではなさそうだ。 「街が…」 女は写真の一枚を指で叩いた。 「同じ街だろ?」 「見え方が違う。駅も」 ファイルの画像では、駅の屋根は見えるが、駅名を示す看板は見えない。 駅の手間の大きな広葉樹に隠れている。 カイチの撮った写真を見る。 木の右側に看板が見える。 街並みも、比べると角度が違うのが分かる。 「これくらい許してよ」 「写真を撮った正確な位置を教えて」 ファイルをめくる。 プリントアウトした地図のページを出す。 女の手元を覗き込む。 「駅からまっすぐ伸びるこの坂を下りて…  ここだ」 「間違いない?」 「2つのポッドの間だ。  間違いない」 女は地図に印をつける。 「実際はここより北…」 「でもこのポッドの位置は、  あらかじめ確認しておいたからあってる。  この間にはあるはずなんだ」 「このエリアだな」 女はくるりと囲んだ海を見つめる。 カイチも見つめる。 「ここが何なの?」 この不可解な画像は何なのだ。 視線を上げた。 女の長いまつ毛を見つめる。 女の視線はファイルから離れない。 「ご苦労。  今回はもういいよ」 「撮り直しは?」 「必要ない」 顔を上げる。 「あまり焼けると良くないしね」 カイチの日焼けに目を細める。 「真夏の海は楽しかったよ。  たまには一緒にどう?」 「結構。  忙しいんだ」 デスクから札束を取り出して投げる。 上品な見た目に反してその乱雑な動作。 苦笑してキャッチした。 陽が傾く頃。 カイチは女の家を後にした。 女の依頼を受けて数回目。 周期性はなく、数週から数ヶ月に一度。 画像と同じ場所を探し。 写真を撮るよう依頼を受ける。 未だにカイチは、女の仕事も。 依頼の意味も知らないままだ。
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