夢夜

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裸足で歩いて。 病室へ入る。 「なんでお前が寝てるんだよ」 洗いたての真っ白いシーツに寝かされた。 カイチを。 見下ろしていた。 頭に包帯を巻き。 呼吸器を付けられて。 規則正しい寝息を立てている。 階段から落ちたナナセを。 下でカイチが受け止めて。 二人で地面に倒れ込んで。 頭を強く打ったらしい。 ナナセの頭も切り傷ができて。 包帯を巻かれている。 倒れた時についた左腕を骨折し。 目が覚めたばかりで点滴をしたまま。 カイチの病室へ来ていた。 「さんざん怒られたよ。  泣いて謝った。  心配かけちゃったから。  教授も仕事放ってきてさ。  先生にも謝られちゃったけど、  それは私がサボってたのが悪いからって、  謝罪は断った」 カイチは。 寝息を立てるだけだ。 「お前が一番怒りそうなのにさ。  私より大怪我で寝てるって何だよ。  早く起きろバカ」 叩いても。 ゆすっても起きない。 カイチの母親が。 病室へ入ってきた。 「おばさん、  ごめんなさい」 「この子が自分でしたことだから、  いいのよ。  怪我したのはナナセちゃんのせいじゃない」 「ううん」 首を振る。 「私のせい」 ナナセが退院し。 学校に行けるようになっても。 カイチは目覚めない。 そのまま夏が終わり。 秋が来ても。 カイチは眠ったままだ。 「脳の損傷はないはずなんだけどな」 呼吸や脈拍は安定している。 目立った損傷はない。 定期的に検査をしても。 異常は見つからないという。 教授が勤める大学病院に転院して。 教授が親身に診てくれてる。 それでも。 一向に目覚める気配がない。 「カイチ、  大学受かったよ。  私が治してやるから」 手を握ると。 カイチの方が温かい。 「勉強頑張れって言っただろ。  頑張ったよ。  東大じゃないけど医学部。  なあ、  近くの大学行くんじゃなかったのかよ。  私の頑張りなんか、  無駄になっていいから、  今すぐ起きろよ」 カイチの前では。 泣き言ばかり言ってしまう。 「このままじゃダメだ。  もっと、  もっと頑張らないと」 「無理しちゃダメよ」 いつのまにか。 カイチの母がいた。 「おばさん」 「カイチはそんなの望んでない。  ナナセちゃんが笑っていたら、  それでいいのよ」 おばさんの笑顔は。 カイチそっくりだ。 それでいいという言い方もだ。 カイチはおばさんに似たんだろう。 いつもそうだ。 そのままでいいと言ってくれた。 「あの日はなんで、  頑張れって言ったの…?」 カイチらしくない。 「ナナセちゃん?」 「午後の授業、  サボるなって言ったの。  そんなの言われたことなかったのに」 それから。 気をつけろよって。 歯切れの悪い言い方で。 「なんで、  私が落ちた時、  下にいたの…?」 ナナセがあの日落ちるのを。 知っていたのか。 「予知夢」 知ってて助けにきたんだ。 「教授のところに行ってくる!」 駆け出した。 記憶界析しなきゃ。 「どこまで知ってたんだ…  こうなること、  全部知ってたのか…?」 簡易的な記憶界析の装置を頭につけて。 今の意識を探る。 「ミサワの言う通り、  カイチ君、  ずっと同じ夢を見ているようだ」 教授の肩越しにパソコンの画面を見る。 「おばさんは見ない方がいいよ」 荒い画像だ。 ノイズがひどい。 でも何かは分かる。 赤い手すりの螺旋階段の下。 人影が落ちてくる。 「夢から醒める方法は?」 「夢の根源を探る必要がある。  これは普通の夢じゃない」 予知夢。 的中した予知夢だ。 「夢の根源を探るには地図がいるんだ。  記憶界析のデータから地図を作るんだが、  カイチ君の記憶データがない。  地図なしでは何を指標にしたらいいか、  分からないんだ」 おばさんが肩を落とす。 「私が探る」 ナナセが。 立ち上がった。 「記憶の地図がいるのは、  その人を知らない界析官が探るからでしょ。  私なら地図はいらない」 「馬鹿いうな。  カイチ君を助けたいのは分かるが、  それならまず界析官になるんだ」 「今私が言ったの聞いてた?  記憶データがないんだから、  界析官になったって一緒。  必要なのは界析官じゃなくて私。  むしろ早くしないと、  夢と現実の乖離が大きくなるだけだよ」 おばさんがポツリと。 「記憶提出をさせてれば…」 つぶやいた。 親になんてことを言わせるんだ。 教授は頭を抱えて。 「違法行為だ。  これをしたら、  この国では界析官には決してなれないぞ」 「それでいい。  カイチが起きるなら何でもいい」
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