夢夜

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「眠れ…  眠れ…」 おばさんの声だ。 子守唄だ。 こんなふうに育ったんだ。 「いくらなんでも寝すぎだろ」 数値は安定している。 夢界析を始める。 赤い螺旋階段だ。 高くそびえる。 上の方はよく分からない。 走っている。 人の声がする。 「あっ」 黒い影が。 降ってくる。 「ナナセ!」 目が覚めた。 息をする。 高校の教室だ。 午後の日差し。 夏服だ。 窓の外。 反対の旧校舎に。 人影が見えた。 「ナナセだな」 「またサボってるよ」 前後のクラスメイトと話す。 渡り廊下を。 先生が歩いている。 普段閉じている防火扉を開けて。 見回りに旧校舎へ入っていく。 「ナナセ、  ピンチじゃね?」 「あーあ」 「あ、気づいた」 「逃げる気じゃね?」 「無理だって、  危な…」 その光景を。 言葉を失って。 ただ。 窓から。 見ているだけだった。 「ナナセ!」 目が覚めた。 ベッドの上だ。 朝陽が差し込んでいる。 「夢か…」 現実味を帯びている。 本当に起こるんじゃないか。 これまでにも何度か。 そういうことはあった。 「おはよ」 ナナセの顔を見ていると。 夢を思い出す。 「今日の午後とか、  サボるなよ」 はっきりとは言いたくない。 言葉にしたら。 本当に起こりそうで。 単なる夢だと。 無視することもできなくて。 「ナナセ!」 悪い予感は的中した。 午後の授業中。 旧校舎の赤い螺旋階段に。 ナナセの姿を見つけた。 夢と同じ光景だ。 「こら、トダ!」 「どした?カイチ」 先生の制止も。 クラスメイトの質問も無視して。 教室を飛び出した。 階段を駆け降りて。 校庭を突っ切って。 旧校舎へ。 渡り廊下に人影が見える。 ナナセが。 それに気づいて立ち上がる。 やめろ。 夢の通りだ。 「ナナセ!」 降ってくる影が。 真っ逆さまに。 地面に。 叩きつけられて。 「ナナセ!」 目が覚める。 「…!」 画面から目を背けた。 息を止めていたかのように。 呼吸が乱れる。 座っているだけなのに。 心臓が破裂しそうに早い。 「ミサワ、大丈夫か」 「大丈夫」 夢がループしてる。 途中までは過去夢なのに。 肝心の最後。 夢の通りにナナセが死んでしまう。 実際には助かっているのに。 何度助けても。 夢の結末にすり替わってしまう。 「神経接続はいい?」 「正常だ」 「分かった。  次はもっと揺さぶる」 夢の中では。 また螺旋階段の下で。 ナナセが落ちてくるのを。 見ていた。 「カイチ」 呼びかける。 ピクリと。 ベッドに寝たカイチの手が。 動く。 「私は生きてる。  生きてこっちにいるよ。  それは夢だ。  こっちへ来い」 心拍が上がる。 「こっちだ!  起きろよカイチ!」 「脳は起きようとしてる。  でも何かが拒絶してるみたいだ」 「頑張れよ!  カイチ!!」 視界が揺らいで。 夢の様相が変わる。 桜が咲いていた。 大学生になったカイチがいる。 ナナセの姿を探して。 見知らぬ大学構内を歩いている。 「そうだよね。  そう。  近くの大学に行くって言った。  講義終わりに一緒に遊ぶんだよね」 また視界が揺らぐ。 今度は。 カイチはスーツ姿だ。 隣に立つナナセもそう。 忙しなく働いてる。 でも。 2人とも楽しそうだ。 仕事終わりに待ち合わせて。 一緒に飲みに行っている。 2人の指に。 揃いのリングが見えて。 「えっこれ、  カイチの想像?  予知夢?  待って何見せてんの!」 「ミサワ落ち着け!  動揺が伝わってる!」 一気に情景が流れ出す。 アパートに2人で住んで。 料理はカイチの方が上手い。 掃除はナナセがこだわっていて。 2人して長風呂が好きだから。 待ちきれなくて一緒に入る。 時々一緒に出掛けて。 揃いのリングを買って。 いつのまにか3人目の家族がいる。 カイチの実家によく遊びに行き。 教授は研究室へ呼んでくれる。 幸福な日常だ。 仕事終わり。 遅くなって帰ったカイチは。 ソファでうたた寝するナナセの手を。 そっと握る。 「分かったよ…」 ポツリと溢れた。 「もう、頑張らなくていいよ。  そっちが幸せなら、  それでいいから。  そのままでいいから」 歌が聞こえる。 眠れ。 眠れ。 ナナセの声にも聞こえる。 「ナナセ?」 「ここにいるよ。  どこにも行かない」 「よかった」 「おやすみ」 心拍が。 元に戻っている。 呼吸も安定している。 「大丈夫か、ミサワ」 「うん」 立ちあがろうとして。 差し込んだ朝陽に目が眩む。 ズキリと。 頭に痛みが走る。 「ミサ!」 「ナナセちゃん!」 ナナセが倒れ込んだ直後。 カイチは。 ようやくその目を開けた。
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