夢夜

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予知夢だと思った最後の夢は。 ただの願望だったんだろう。 カイチは来ない。 諦める。 赤い。 螺旋階段の上。 手についたペンキの屑を払いながら。 「教授、  まさか日本に帰ってるとは」 「白々しい嘘はやめろ。  予知していたんだろう。  だから行方をくらませた」 旧校舎の4階。 古い教室から教授が姿を現す。 育ての親で。 夢界析の師でもある。 この人が。 「予知の力が、  そんなに欲しい?」 「すごい力じゃないか。  国家の安全のために、使わない手はない」 「そんなこと言って、  金儲けと名声のためでしょ」 「…随分と力を使いこなしてるようだな」 そんな都合の良いものじゃない。 意図して予知することはできないし。 予知夢とそうでない夢の区別もつかない。 教授の動きは。 洗い屋に金の動きを追わせて知った。 名声云々は当てずっぽうだ。 教授が予知の力を欲するとすれば。 そんなところだろう。 「素晴らしい。  人々を守るために使うべきだ」 教授が近づいてくる。 「カイチ君が記憶と共に失って、  もう手に入らないと思っていたのに」 手を伸ばしてくる。 「こんな近くにあったとは」 「予知に頼るべきじゃない。  現実の世界で、  地道に努力するべきなんだ」 「要らないというなら私によこせ。  カイチ君から得たように、  その夢を見せろ」 腕を掴まれた。 「螺旋階段から落ちる夢。  それが鍵なんだろう」 「離せ!  あんたにだけは渡さない!」 夢で見たんだ。 予知の力を振りかざして。 権力を操って。 人の命を。 幸せを。 踏み躙って笑っている。 予知には魔力がある。 未来が分かるというだけで。 人を操ってしまう。 屈服させ。 支配してしまう。 「何を見た!  悲しい未来が見えたのか?」 「あんたの破滅を見た!」 「面白いことを言うな。  私にも見せてみろ」 ナナセの額に。 銃を突きつける。 「撃てばいいよ。  私の脳を吹っ飛ばしたら、  鍵も失われる」 教授は。 唇を歪めて笑った。 そして階段の下へ。 視線を下ろす。 「…!」 「ナナセ!教授!」 「カイチ!  なんで来たんだこのバカ!」 「いきなり罵倒すんな!」 階段を。 登ってこようと近づく。 「来るな!  そこにいろ!」 「カイチ君もまだ使い道があったな」 耳元で囁く。 「鍵を渡さないなら、  彼の命を代わりにもらおう」 「この国でそんなこと」 「できるさ。  予知の力を手に入れるためなら、  この国はいくらでも金を出すし、  どんなことも黙認する」 「やっぱり防衛省と繋がってるんだ」 「頭が回るな。  さすがナナセ教授の娘だ。  だが詰めが甘い。  自分が死ねばそれで終わりだと?」 鍵を渡さず死ねば。 カイチが殺される。 大人しく予知の力を。 くれてやるしかないのか…? 「ナナセ!  お前何やってんだ!  そんな奴ぶん殴ってこっち来い!」 下からカイチが喚いてくる。 教授の銃が見えてないのだろうか。 「なんで来るんだよ」 「くっそ、声張ると頭いてえ」 ザンカの強引な界析のせいだろう。 「ナナセこそ、  どこにも行かないって言っただろーが!」 「…!」 耳鳴りがしている。 遠くで声がする。 ナナセの声だ。 囁くような。 歌声だ。 「今度は絶対受け止めるから!  だから、  ひとりでどっか行こうとするな!」 「今度は…?」 疑問符を浮かべる教授より。 一瞬早く。 ナナセは気づいた。 「教授、  最後の予知です」 腕を振り解き。 「あんたはお終いだ」 するりと手すりを。 乗り越えた。 「…っまて!」 手は。 宙を切った。
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