しらなみ

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『週末、この間の海に行きます。ナナセ』 あまりに短いメールだったので。 よく考えなかったが。 水着と着替えとビーチサンダルと。 今回はパラソルと。 準備をしていて。 はたと気がついた。 「これ、  海デートなんじゃん」 「違うから」 電車を待ちながらつぶやいて、直後にバッサリ切られたが。 そういう女も夏らしい麻のワンピースで、下に水着を着てきているのが肩紐から分かる。 知り合った時からこんな調子で、あまり親しくはないが、彼女は誰にでも辛口だ。 名前はナナセ。 高校の頃に同級生だった。 別段親しくはなかったが。 「海デート…」 「だから違う」 水着に着替えてパラソルの下に座って。 海を眺めて数時間。 地図上で丸く囲った海を。 見ているだけだ。 「じゃあ、これって何なの?」 「…」 答える気がないらしい。 そういう時。 彼女は沈黙する。 まるで問いそのものを消し去るように。 「これ、仕事なんだよね?  何すればいいの?」 「…」 「じゃあ暑いし、海入ってきていい?」 「ダメ」 「じゃあ教えてよ」 「…」 「いってきまーす」 「…気をつけて」 「うん」 眩しい陽の光の中へ進み、軽くストレッチをして水に入る。 ひんやりと心地よい。 前の時と同じようだ。 休日なので海水浴客もまばらにいるが。 田舎の海で。 わざわざ家から出る人も少なくなった今日。 静かなものだ。 水に身体を投げ出してみる。 眩しい。 目を閉じる。 耳が水面下に沈んで。 静寂。 いや、穏やかな音がしている。 海の息づかいだ。 ナナセの秘密主義には参る。 でも。 悪意がないのは良くわかってる。 だから何も知らされなくても、仕事を受け続けてるんだ。 もう少し信用してくれないかとも思うけど。 ふと。 波の動きが変わった気がした。 目を開ける。 眩しくて一瞬眩む。 身体を起こす。 耳から海水が抜ける。 そこへ。 ナナセの声が飛び込んできた。 「カイチ!逃げろ!」 それをかき消すように。 うるさい重低音がする。 「なんだよ!」 細く目を開けて。 あたりを見渡す。 浜から。 ナナセが走ってくる。 そんなに慌てて。 なんなんだ。 水をかいて。 浜へ戻ろうとする。 重低音が。 どんどんうるさくなる。 左耳が痛い。 なんだよ。 音のする方を振り返ると。 水上バイクだ。 そのエンジン音が。 近づいてくる。 まっすぐこっちへくる。 「避けろ!」 泳いだって。 間に合わない。 咄嗟に。 水の中に。 倒れ込んだ。 頭上を。 バイクが過ぎ去って行く。 白波が広がって。 だんだん消えていく。 青さが戻ってくる。 デジャヴだ。 この光景を知ってる気がする。 光に手を伸ばす。 その手を。 誰かが掴んだ。
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