標灯をつなぐ

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 逃げる間にはぐれたか、姿が見えないか、あるいはその日ここにいなかったか。名前に住所、めいめいに記された情報は違えど、全てが誰かへの呼びかけ。  どうか無事であってくれと。ここにいるから来てくれと。  ぼろぼろの靴が後ずさって小石を蹴った。怖いと直感した本能による無意識だった。  高梨にはそれらが意思を持って、何とか尋ね人を探そうとうごめいているように思えてならなかったのだ。  ――それが唯一、はっきりと覚えている戦火と言えるかもしれない。  戦争が終わる数年前に生まれた高梨は当然徴兵には及ばず、物心ついた頃には既にここから遠い田舎にいたため空襲に遭うこともなかった。(あそこが故郷なのか避難の末だったのか、口の重い両親に未だ聞く機会は訪れていない。)いい思い出もまた数えるほどしかなかったが、この街も二度目のあれがなければそこに属したのかもしれないと高梨は思う。  けれどこんな形で三度目が来るとはつゆとも想像していなかった。  目の前に広がる景色は、街そのものだ。  家々は一度目の記憶よりもみっちりと並び、欄干や窓、玄関先からのぞく生活感も賑やかしい。ただ新しいだけではない、ただ十数年の時代の変化ではない、何かが根本的に違う街がそこにはあった。 「――初めてかい?」 「……いえ、三度目です」
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