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……そして、事件は起きた。
《今日はちょっと用事があるから、先に帰るわ》
数日後。クラスでの終礼を済ませてスマホを開くと、達也からこんなメッセージが届いていた。私たちは基本的に、時間が合う時だけ一緒に帰宅している。なので私はさほど気に留めず、了解する旨の返信を送った。そのまま一人で帰途に就こうとふと教室の窓から外を見やった瞬間、視界に飛び込んで光景に目を丸くする。
「え? あれって……」
なんと龍也が女子と一緒に歩いているのだ。しかもその相手は、あろうことか杏玖である。二人は仲睦まじく校門を出ようとしていた。
「そんな……」
この時ばかりは、誰が見ても私の表情が沈んでいることに気付くだろう。左肩に背負っていた鞄が独りでに地面へと落ちる。私はそれを拾うこともせず、暫く呆然と立ち尽くした。
その夜。私は自分の部屋の机に突っ伏し、思案に暮れる。一体どういうことなのか。あんなことは今までで一度も無かった。
だがよくよく考えてみれば、それほど不思議なことではないのかもしれない。いつも無愛想な私よりも、感情を分かりやすく表現してくれそうな杏玖の方が、一緒にいて楽しいに決まっている。龍也が心移りしてしまうのも仕方が無い。これまで些細な喧嘩をすることこそあれども、彼とは良い関係を作れていると思っていた。しかしそれは自分の勝手な想像に過ぎない。
『どこでも良いよ』
こんなことになるなら、あの時きちんと自分の思いを伝えておけば良かった。得意ではないからと感情表現を疎かにしてきた罰が下ったのだ。
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