珠音のやりたいこと

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「とりあえず、自分が何をしたいかを第一に考えれば良いんじゃない?」 「したいこと? そんなの無いよお……」 「じゃあなりたいものは? 例えばルーあいなんかは薬剤師になりたいから薬学部に進もうとしてる。珠音はそういうの無いの?」 「無いなあ。それにそんなの分かってたら、すぐに答え出せるじゃん」 「そりゃそうだけど。珠音って、ほんと何にも考えないで生きてきたんだね……」 そう呟いた杏玖は額に手を当てる。それから呆れたように首を振り、溜息を漏らす。 「はあ……。こうやってニートが出来上がってくのか」 「え!? 私ニートになっちゃうの?」 「そうじゃないけど、今のままだと可能性はあると思うよ。もっと真剣にならないと」 いくら何でもニートは困る。けれどもプロにはなれるわけなので、とりあえず職には就けるじゃないか。……いやいや、だからそういう考えは駄目だ。 「因みに杏玖はどう考えてるの? なりたいものとかしたいこととかあるの?」 「私? ……私はなりたいものはないけど、したいことはあるから。それができるような進路を選ぶつもり」 杏玖は不意に床を見つめ、少しだけ微笑む。その表情はとても柔和で、どんなものでも包み込んでくれそうだ。私は彼女の優しさに甘え続けてきた。しかし野球部を引退した今、それに(すが)ることは許されないだろう。 それから何週間と月日が流れた。プロに行くのか、その他の進路を探すのか。監督と話したり自分で考えたりしてはみたが、結論は出ないまま。そして、再びあの人が私の元へとやってくる。 夏休みはとうに明け、二学期が始まっていた。ひとまず大学受験を視野に入れていた私は、業後の補習を受けて一人で帰宅しようとする。 「やあ紅峰さん、久しぶりだね」 まだまだ暑い日も続く中、以前と変わらぬスーツ姿の中年男性が声を掛けてきた。名刺を貰ったので名前は覚えている。
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