狛犬に娶られました

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 もうすぐ夜明けだ。  衰弱して倒れていた津山玲二を病院へ搬送し、司狼は陽と朔の怪我を診ながら漁業組合にも連絡を取る。そして、すっかり普段の落ち着きを取り戻したと報告を受けたのは、そんな時間だった。  さすがの司狼もシャンとしていることはできず、居間の隅で寝転がっている。陽もその近くでうつらうつらと舟をこいでいた。朔は更紗の膝枕ですでに眠っており、朔の腹の上でツキも眠っていた。  春南だけが忙しく動いている。更紗も手伝いたかったのだが、朔がいるせいで動けない。 「春南さん、すみません」 「いいのよ。更紗さんだって疲れてるでしょう? それに……そんなに平和な顔して寝ている朔さんを起こせないわよ。ずっとそれじゃ大変だろうけど、もう少しだけそうしてあげて」 「……はい」 「春南ぁ~……俺も膝枕してほしい」 「はいはい、これを片付けてからね」 「春南ぁ~」  あの凛々しかった陽はどこへやら、なんならいつも以上に甘えたになっている。  それも無理はない。長時間、命の危険に晒されていたのだから。幽世へ繋がる穴を塞ぐという大仕事もやってのけた。それをわかっている春南だって、すぐにでも甘やかしたいと思っているはずだ。  四人とツキの帰りをまんじりともせず待っていた春南は、皆が帰ってきた後は息つく間もなく動き回っていた。  陽と朔の治療をする司狼を手伝ったり、軽い食事を用意をしたり、諸々の連絡役をしたり、司狼のために毛布を持ってきたり。そしてようやく今、皆が食べ終わった食器を片付けようというところだった。  更紗も司狼に体調に異常がないかを問診されたり、脈を取られたりした。不思議とお腹はすかなかったが、閉じ込められていた際には一切の飲み食いをしていない。それでも、身体はなんともなかった。司狼は「月読命様の加護だろう」と言っていたが、更紗もそう思う。  自分の膝を枕にしてぐっすり眠る朔を見つめ、更紗は頬を緩める。 「朔さん、熟睡してる……」  こうまで穏やかな顔で眠っていると、春南ではないがとても起こすことなどできない。本当はちゃんとベッドで寝かせたいが、寝たままの朔は運べない。  朔の頭をゆっくりと撫でる。お疲れ様でした、という気持ちを込めて。  時折ピクリと動く耳を見て、笑みが零れる。耳に触れると起きてしまいそうな気がして、触りたい気持ちをグッと堪えていた。 「クゥーン……」  ふとツキが目を開ける。更紗と目が合い、ツキは朔の腹の上から飛び下りると、更紗の側へ寄ってきて膝に上ろうとした。が、朔の頭が邪魔をする。 「ウ……」 「ツキ! シーッ」  鳴き声をあげようとしたツキを、間一髪で更紗が止める。更紗の言葉を正確に理解したツキは鳴くのを途中でやめ、更紗の膝に頭を擦りつけて甘えた。  更紗はツキの頭を何度も撫でながら、「膝の上はまた今度ね」と小声で囁く。ツキは少し不満そうにしながらも無理やり上がってこようとはしないので、渋々納得したようだ。 「ん……」  朔の声が聞こえたので起きたのかと思いきや、再び規則正しい寝息に戻る。   その時、朔の尾が小さく揺れた。モフモフとしたそれを見ているだけで癒される。  そういえば、尾にはまだ触れたことがなかった。なんとなく触ってはいけないような気がしたので尋ねもしなかったのだが、実際はどうなのだろう?  朔の尾をじっと見つめていると、それに気付いた陽が更紗の隣にやってきて、朔の尾をガシッと掴んだ。 「陽さん!?」 「え? 尻尾に触りたいのかなと思ったから。はい、どうぞ」  はいどうぞと言われても、と更紗は苦笑する。  割と乱暴に掴んでいる気がするのだが、それでも朔は起きない。もしかして、耳と違って尾はそれほど感覚がないのだろうか。 「尻尾って、なんとなく急所なのかなと思ってたんですけど……違うんですか?」 「まぁ、それなりに大事な部分ではある。踏まれると痛いし」 「え……」  ということは、感覚があるということではないか。 「よ、陽さん、そんなにぎゅっと掴んだら痛いんじゃ……?」 「あぁ、これくらいなら平気平気。それに、今の朔なら多少乱暴にしても起きないって」 「まぁ……そうかもしれないですけど。陽さんも、いくら満月とはいえかなりきついでしょう? 横になっててください」 「横になったら一秒で寝る。だから、春南が戻ってくるまで頑張ってるんだ。俺も膝枕で寝たいし」  よほど朔が羨ましいらしい。  更紗はクスクスと笑みを漏らす。 「思う存分春南さんに甘えてください」 「もちろん! で、尻尾は?」  更紗は笑いながら首を横に振る。  触りたいと思う気持ちはあるが、やはり朔が起きている時がいい。 「今はいいです。日を改めて、朔さんにお願いしてみます」 「そっか。ま、更紗さんのお願いなら何でも聞いちまうよ、こいつ」 「何でもって、そんなことないですよ」 「あるよ。こいつ……俺たち全員の予想を遥かに上回るくらい、更紗さんしか見えてないから」  胸がトクンと鳴った。
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