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「……ツキ? どうして」
「クッ……」
ツキは母屋をはじめ、陽と朔の家にも自由に出入りしている。中に入りたい時は爪で引っ掻いたり鳴くこともあるが、それほど大きな音は立てない。
明らかにいつものツキではないことに更紗は驚くが、それよりも朔の様子が気にかかった。
ツキの鳴き声を聞いた途端、朔は更紗から距離を取り、呻くような声を出した。項垂れるように顔を俯けその表情は見えないが、更紗にはそれが苦しんでいるように見えた。
「朔さん」
「寄るな」
「……っ」
はっきりと拒絶の言葉を突き付けられ、更紗は混乱する。一体何が起こったのか、訳がわからなかった。
「私……」
どうしよう、何か気に障ったのだろうか、どうしようどうしようどうしよう。
小さく震える更紗に背を向け、朔が扉を開く。すぐさまツキが飛び込んできて、一目散に更紗の元へ向かった。
「ワォン」
「……ツキ」
「クゥーン……」
ツキが悲しそうに一鳴きし、更紗の頬を優しく舐める。
更紗はゆっくりと身体を起こし、ツキを抱く。ドアの方へ目を向けるが、そこにはすでに朔の姿はない。玄関のドアが開く音がしたので、おそらく出て行ったのだろう。
「ツキ、どうしよう……私、何かしちゃったのかな……」
「クゥーンクゥーン」
ツキは何度も更紗の頬を舐める。流れる涙を食い止めるかのように。
更紗はツキをぎゅっと抱きしめる。その温もりを感じるうちに、リビングを出る前に発した、朔の小さな呟きが脳裏に蘇ってきた。
──ごめん。
「朔さん……どうして謝るの?」
更紗はツキを抱きしめたまま、泣きじゃくる。ツキが驚いたり心配しないよう、必死に声を殺しながら──。
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