心を見つめる

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「あ……」  気付けば、更紗が部屋の中に入ってきて、紐を拾い上げていた。  陽を見るとニヤリと口角を上げ、その場を立ち去っていく。朔は呆然としてそのまま突っ立っていた。 「あの、座ってもらえますか?」  更紗の声に我に返り、朔は紐を更紗から受け取ろうとする。が、更紗は首を横に振った。 「いや、自分で……」 「私にやらせてもらえませんか?」  朔の髪を更紗が結うこともあり、むしろそちらの方が綺麗にまとまる。  朔はおずおずと畳の上に座る。更紗は朔の背後に回って膝立ちになり、朔の髪に指を入れる。櫛やブラシが近くにないので手櫛だ。  髪に更紗の指が触れる。漆黒の髪はサラリと揺れ、朔の身体に僅かながら力が入った。  髪に神経など通っていないはずなのに、更紗の指が触れると肌が粟立つ。その腕を掴み、もっと側に引き寄せたい。  朔はそんな欲望を心の奥に押し込めるように、強く瞼を閉じる。 「できました」  その声に目を開けると、穏やかに微笑む更紗の顔が見えた。その刹那、朔は自分の動きを止めることができなかった。花のような香りが仄かに鼻孔を掠め、ようやく気付く。 「朔さん……?」 「……悪い」  更紗をその腕に抱いていた。ハッとして、朔は腕を解く。更紗を見ると、少し寂しそうに微笑んでいた。それを見て、朔の胸が締め付けられる。  ──自分を制御できない。 「朔さんは……何も悪くないです」 「……更紗」  更紗は一転して明るく笑い、立ち上がる。 「大丈夫です。ちゃんと……わかってるつもりです。……さぁ、買い物に行きましょう」 「……あぁ」  息が止まるかと思った。  急に突き放し、更紗はさぞ困惑したことだろう。更紗のことだから、自分を責め、人知れず泣いているのではないか。そんな風に思っていた。  更紗に元気がないことは遠目からでも感じていたし、陽や春南からも聞いていた。その度、心苦しく感じていた。  確かに、更紗は散々泣いたのだろう。自分を責めたはずだ。更紗に非など、1mmたりともないのに。 「だんだん寒くなってきたので、今日はお鍋にしようかって春南さんと話していたんです。お野菜もたくさん取れるし」  更紗は朔を気遣っている。自分が朔の負担にならないようにと、精一杯明るく振舞っているのだ。  朔は込み上げる感情を抑えつけるように、再び目を閉じる。 「朔さん……大丈夫ですか? 体調が……」  心配そうな顔をする更紗に、朔も今自分ができる精一杯の笑みを向ける。上手く笑えていなくてもいい。更紗なら、わかってくれるはずだから。  朔は更紗の横に並び、一瞬だけその髪に触れた。 「問題ない。行くぞ」 「……はい」
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