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噛みしめるように返事をする更紗に、朔は心の中で白旗を掲げる。
「月読命、狛犬の嫁、そんなものは……関係ない。堪えろというなら堪えるまで。それもあと……少しの間だ」
その心の声は、更紗には聞こえない。
あれこれ話題を探し、一生懸命話しかけてくる更紗に応えながら、朔は心を決める。三ヶ月の時が過ぎた後、どういう結果になろうがどうでもいい。更紗に想いを告げ、そして──。
「更紗、お前を必ず嫁にする」
「え?」
更紗が朔を見上げる。朔は口元を手で覆い、小さく首を横に振った。
「何でもない」
「……あ、もしかして苦手なものがあるとか?」
「好き嫌いはない」
「ほんとですか?」
「あぁ」
「うーん……。確かに、朔さんって何でも食べてくれますもんね……」
考え込む更紗に、朔の緊張が解けていく。
更紗といると、どうしてこんなに楽なのだろう。側にいて、これほど心穏やかになれる人間を他に知らない。
更紗が再び朔を見上げ、嬉しそうに笑う。朔は参ったといった表情で、頬にかかる更紗の髪をそっと指で払う。頬を染める更紗の額に、ほんの一瞬口づけた。
「さ、朔さん! ここ、外……です」
「誰もいない」
「そうですけどっ……」
朔は慌てふためいている更紗の手を取り、指を絡める。更紗が驚いて朔を見る。
──もう決して暴走したりしない。だから。
「更紗、今夜から家に戻っても……いいか?」
「え……」
「勝手に出て行って虫のいい話だとは思うが」
「そんな!」
更紗は立ち止まり、何度も首を振る。あまりの勢いに、それを止めようと朔は更紗に触れ、初めて気付いた。
「俺は……お前を泣かせてばかりだ」
「違っ……。これは、あの、嬉しくてっ……」
「それでもだ。これからは、泣かせないように気を付ける」
「だからこれはっ……」
朔は更紗の涙を拭い、ふわりと髪を撫でる。更紗は朔の表情に目を見開く。これまでに見たことないほど優しく、慈愛に満ちたそれに、息を呑んだ。
「お前に泣かれると、俺の首も絞めることになるしな」
「……え?」
きょとんとする更紗に、朔が笑う。
それはこれまで更紗が見てきた中で、一番自然で、思わず見惚れてしまうような美しい笑みだった。
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