上弦の月

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「ツキ!」  朔がツキを捕まえようとするが、その前にツキは更紗の背後に身を隠す。更紗は小さく吐息し、ツキを振り返った。 「ツキ、朔さんの顔を踏んじゃダメでしょ!」 「クゥーン」 「朔さん、怪我はないですか?」  ツキが爪を立てていれば、傷があるはずだ。しかし幸いそれはなかった。朔は不機嫌そうにムスッとした顔をしているが。  更紗はツキを抱き上げ、目線を合わせる。 「この間みたいにはならないから。……心配しなくて平気。だって、朔さんと離れて暮らすのは、思った以上に寂しいってわかったから」 「ウォン」  わかった、というようなツキの顔を見て、更紗はふわりと微笑む。そんな更紗を、朔はツキごと抱きしめた。 「だから、ただ軽く触れるくらいは見逃せ」 「ギャウッ」  朔は間に挟まっているツキにニヤリと口角を上げると、そのまま更紗の唇に口づけを落とす。 「ギャウギャウッ!」 「んっ……」  ツキはじたばたと暴れるが、何せ二人の間に挟まっているものだからどうしようもない。爪を立てようにも更紗に抱っこされているものだからそれもできない。 「クゥーーーーーン」  ツキが切ない声で、いつもより長く鳴く。すると、ようやく更紗の腕の力が緩み、ツキは急いで二人の間から脱出する。そして朔の背後に回り込み、その背中に向かって思い切り体当たりをかました。 「うっ……」 「ワォンッ!」 「チッ。聞き分けのない奴」 「ウォン、ウォン!」  ツキは朔に向かって何度も吠える。どうやら、一線を越える云々の話ではないらしい。  ツキはとにかく更紗にくっつきたい。でも更紗の側には朔がいる。お前、邪魔。そういう思考回路が目に見えるようだ。 「もぅ、ツキは!」  そう言いながらも、顔はつい笑ってしまう。小さな身体で朔と張り合っているツキは、あまりにも可愛らしすぎるのだ。  更紗は再びツキを抱き上げ、目を合わせた。ツキは嬉しそうに尻尾を振る。 「ツキ、だったら今度の半月の日、ちょっとでも二人が危なくなったらすぐに助けに行ってよ?」  更紗が僅かに眉間に皺を寄せて怒ったような顔をすると、ツキは何度も吠えて尻尾をさらに激しく振った。人間の言葉にしたなら「行く、行くから絶対!」という感じだろうか。 「調子がいいな、お前は」  朔が苦笑しながらツキの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。ツキはさっきまで朔を威嚇していたというのに、そんなことはすっかり忘れたとばかりにご機嫌だ。 「ツキって、こうしてると神使には見えない……」 「ウォン!」 「まぁ今はこんな姿だからな。本来の姿はもっと……だが、あまり見たくはない」 「はい……」  更紗はツキの顔をじっと見つめる。ツキは更紗の頬をペロリと舐めた。  ツキが本来の姿になる時は、陽と朔がいよいよ危ないというギリギリの瀬戸際だ。それほど神使の力は強大なもので、おいそれと使うことは許されないのだろう。そんな時は、来ない方がいいに決まっている。  更紗は、ツキの額に自分の額を当てる。 「クゥーン……」 「お願いだから、無事でいて……」 「そういうことは、本人に言うものだろう?」  朔の声に顔を上げると、朔は柔らかな笑みを向け、更紗の額に唇を寄せた。  上弦の月は、静かに近づいている。  嫌な予感に捕らわれつつも、更紗はそんな気持ちを振り払うかのように笑顔を浮かべた。
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