嵐の前

3/5
前へ
/91ページ
次へ
 陽が素っ頓狂な声をあげる。春南もただ呆然とするばかりだ。そんな二人に、司狼が自分たちの考えを明かす。  まず、ツキは月読命の神使であり、月川神社を離れることはない。これが大前提だ。  先ほどは悪霊たちに攻撃されてしまったが、あれしきのことでどうにかなるツキではない。だが、少々厄介なことがあり、すぐには戻れなかったと思われる。そのうちに、更紗が敵の手に落ちてしまう。それでツキは、自分の気配を消したのだ。 「だから! ツキが気配を消す意味がわかんねぇ!」  癇癪を起こして叫ぶ陽だが、春南の方は気付いたようだった。陽の腕を強く掴み、陽を見上げる。 「違うわよ! 気配を消さなくちゃいけなかったの。だってツキは、更紗さんと一緒にいるから」 「ええええっ!?」  陽が朔と司狼を見ると、二人も春南の言葉に頷いていた。 「情けないな、陽。春南の方がちゃんとわかっとるじゃないか」 「いや待てよ、親父! 更紗さんがここにいるなんて突拍子もない話が出てきて、訳わかんなくもなるだろ!」 「ならない」 「うるせー、朔!」  陽は不機嫌な顔で頭をぐしゃぐしゃにしている。よほど混乱しているようだ。 「ツキは更紗を守るために気配を消した。敵に悟られるわけにもいかないだろうからな」  独り言のように呟いた朔に、陽は頭を掻きながら言う。 「お前の言ってることはさ、月川神社の敷地内に敵のアジトがあるってことだぞ? そんなもんあったら、俺らが……」 「あるじゃない、アジト」  それには春南が答えた。 「は?」 「現世と幽世の境界。そこから悪霊たちが現世に押し寄せてこないよう、月読命様は陽たちに退治を命じてるんでしょう?」 「……そうだけど」 「更紗さんとツキがいるのは、ちょうどその境界なんじゃないかしら?」 「そうだ、春南。私と朔はそう考えている」 「マジかよ……」  陽が情けない顔で机に突っ伏した。春南は苦笑しながら陽の背を撫で慰めるが、朔は冷ややかな視線を送っている。 「攫われた=遠くにいるっていう図式が陽の中にあるんだろうが、固定概念に捕らわれすぎだ。お前、イラストレーターなんて仕事やってるくせに、頭固いな」 「わーーー! 弟が苛めるー!」 「朔さん、そのくらいにしてあげてください……」  春南のとりなしに朔はフイと横を向くが、それ以上は言わなかった。そんなことより、考えなくてはいけないことがある。  どうやって更紗を救出するかだ。  ツキが側にいるなら、更紗の身の安全は保証されている。更紗に害をなそうとするものを、ツキは許さない。  だが、ツキが姿を見せたが最後、悪霊たちが一気に襲い掛かってくるだろう。それをツキだけで何とかするのはあまりにも厳しい。 「おそらく、向こうから何か仕掛けてくるだろうな」  司狼に言葉に、全員が注目する。 「下弦の月か?」  陽の問いに、司狼は首を横に振った。  二人の力が最弱になる日を狙うのが、向こうにとって最良のはずだが。  司狼以外の全員はそう思っていた。 「なら……いつなんでしょう?」  春南がおずおずと尋ねると、司狼は抑揚のない声で告げた。 「次の満月だ」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1072人が本棚に入れています
本棚に追加