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そこは、一寸先さえ見えない暗闇だった。
玲二に捕らえられた更紗がここへ連れて来られて、どれほどの時間が経ったのだろうか。更紗にはすでに時間の感覚がなかった。
何も見えない、何も聞こえない、無の世界。更紗はたった一人きりだ。いつの間にか玲二もいなくなっていた。
更紗は攫われた時のことを思い起こす。
玲二は何体もの強力な霊に憑りつかれていた。彼はただ利用されただけなのだろう。だから今ここにはいない。かといって、彼がどこへ行ってしまったのか、どうなったのかを案じる気力もない。
今、更紗の心を占めるものは孤独だった。
「朔さん……」
声に出すと、涙が溢れてくる。
自分から朔との絆を断ち切った。あれほど更紗を大切に守ってくれた朔を裏切る形になってしまった。そうしないと、司狼の命が危うかった。仕方がないこととはいえ、もう取返しはつかない。
「どうして……」
この暗闇に連れて来られてからそれなりに時間は経っている。にもかかわらず、目は一向に慣れない。未だ何も見えないままなのだ。かろうじてわかるのは、自分の身体を動かした時の感覚のみ。
更紗は両の手を握る。そしてゆっくりと開いた。
「どうして生きてるの?」
司狼の代わりに命を差し出したつもりだった。すぐに殺されるはずだった。──更紗の中では。
だがその予想は裏切られ、更紗は生かされている。どこかわからない場所に閉じ込められ、飲まず食わずだというのに生き続けている。
ここはどこだろう? こんなところに閉じ込めるくらいなら、さっさと殺してくれたらいいのに。
「朔さん……」
そうすれば、愛しい人を想って、こんなに苦しくなることもないのに。
もう会えないことを覚悟したはずなのに、生かされているが故にそんなものは霧散する。
会いたい、会いたい、朔に会いたい。
あの無表情ともいえる淡々とした顔が、ほんの少し和らぐその瞬間が好きだった。緩やかに上がる形のよい唇。そこから発せられる耳に心地いい声。逞しい腕の中はどこよりも安心できて、それでいて胸が高鳴る場所。誰にも渡したくないと思えるほど、大切な場所だった。
朔を想うと、心がとても温かくなり、同時に苦しくなる。嬉しくも悲しくもある雫が頬を伝う。
更紗は身体を横たえる。起き上がっていることも辛い。
横たわっても見える景色は同じ、真っ黒に塗り潰された空間だけだ。
「殺して……」
そう呟いた時だった。更紗の頭に、直接声が響いてくる。
『諦めるな』
「え……」
『声を出すな。我の存在を気取られるわけにはいかぬ』
「……っ」
更紗は手で口を塞ぐ。うっかり声を出さないよう、気を引き締める。
辺りは相変わらずの闇で、何の気配も感じられない。それなのに声だけが聞こえてくる。何とも言えない不思議な感覚だった。
あなたは誰……?
更紗は、心の中で問いかけてみる。声を出せないのなら、念じるしかない。
『いつもそなたの側にいる』
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