月満ちる決戦の刻

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 今日は早朝から天気が大荒れだ。嵐かと思うような雨風が吹きすさび、漁師たちは漁に出られない。だが、事件は起こっていた。 「陽、朔、私は海の方へ行ってくる! 春南、家のことは頼んだぞ!」  司狼は漁師たちから助けを求められ、海へと向かう。  時化(しけ)で漁に出られないのは仕方がないことなのだが、彼らの商売道具である船が沖に流されているというのだ。  そんなことはそうそう起こることではない。船は頑丈に岸に繋がれているのだ。船は漁師たちの命ともいえる大切なもの、うっかりなんてことはありえない。  さらには、怪物が出たという噂も飛び交っている。その姿を何人か目撃したらしい。その真偽を確かめるためにも、司狼に来てもらいたいと要請があったのだった。 「親父の言ったとおりだな」 「あぁ」  陽が外を眺めながら呟く。  木の枝が強風のためにぐにゃりと大きく曲がり、今にも折れそうになっていた。ガタガタと窓ガラスが揺れ、口笛のような音がうるさいほど聞こえてくる。まるで季節外れの台風だ。  この分なら、今夜の月は黒雲に隠されたままだろう。  月が隠れていても、能力に影響はない。それが救いだが、どちらにしても今日何かあれば、苦しい戦いを強いられることは確実だった。  更紗を攫った悪霊たちは、ここぞとばかりに仕掛けてくる。そしてそれは、今日の満月だと司狼は言った。次にやってくる下弦の月なら二人の力は最も弱まるというのに、彼らは満月の時に仕掛けてくるというのだ。  満月の今日、陽の力はフルパワー状態だ。ちょっとやそっとじゃ傷つかないし、攻撃力も最高潮で、悪霊たちにとっては脅威である。だがその代わり、もう片方の朔がほぼ使い物にならない。奴らは必ず朔を狙ってくる。力を削がれている朔にさらに追い打ちをかけるためにも、狛犬の嫁である更紗を攫ったのだろう。 「これまでおとなしくしていたくせに、急に動き出したな」 「あぁ……。まずは海で騒ぎを起こすとは。大潮を狙ったんだろうな」 「そうだろうな」  潮のみちひきは、月の引力が関係する。その差が大きくなることを大潮というが、それは新月や満月の時に起こるのだ。  満潮時を狙い、船を沖に流す。怪物の目撃があったというが、おそらくそれは本物だろう。悪霊たちが多数集まり、騒ぎを起こしている。その姿が怪物に見えたのだと思われた。 「親父はたぶん、夜になっても戻らないだろうな」 「そうだろうな。それも奴らの狙いだ」  司狼が月川神社を離れている。そして、別のことにかかりきりになるということは、結界の強度を保てないということだ。  結界は、神社の敷地全体に張られている。だが、最も強固に張られている場所が、それとは別にもう一ヶ所あった。 「陽」 「なんだ?」 「現世と幽世の境、それは、あの御神木じゃないかと俺は思っている」 「……なるほどな。ただ御神木だからってことじゃなく、境界だからこそ、あそこにも別に結界を張ってるってわけか」  拝殿に向かって少し離れた左側に、立派な楢の木がある。それが御神木で、その周りは柵で囲まれている。御神木には注連縄(しめなわ)も施され、より強力な結界が張られていた。敷地全体の結界と合わせると、二重に結界が張られていることになる。 「あそこは、月川神社にとって特別で神聖な場所だ。だが、神域というよりは……」 「幽世への出入口があって、そこを塞いでいるってことだな」  そうとしか考えられなかった。  月川神社は現世と幽世の境界にあたり、悪霊たちが引き寄せられやすく、また、幽世に住む悪霊たちが現世に出て行こうと手ぐすねを引いて待っている。  ただ、その境界の正確な場所は、陽も朔も教えられていなかった。これまで悪霊退治に気を取られ、境界がどこかまでは気が回らなかったのだが、よくよく考えてみるとあの場所しか考えられない。 「とすると、あそこにいるのか?」 「あぁ。あの狭い空間のどこかに、更紗はいる」 「ツキも……だよな」 「たぶんな」  ツキは、あの日以来姿を見せていなかった。  こちらの予想どおり、更紗の側にいるといい。ツキが更紗のところにいるなら、更紗の無事は確実なのだから。  朔は更紗の無事を祈り、強く瞳を閉じた。
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