月満ちる決戦の刻

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 *  強い雨風で視界は最悪だ。その中で、嫌な気配はますますその強さを増していく。  陽と朔は妖気を感じる方向に一目散に駆けていく。そして辿り着いたのは、御神木の前だった。 「まさかこことはな」 「チッ」  朔が舌打ちする。ここは、更紗がいると踏んでいる場所だ。よりにもよって、こんなところに悪霊たちが集まっているとは。  結界が強いせいで、ここより内へは入れない。だが、注連縄の周りをぐるりと取り囲むようにして霊たちは蠢いていた。 「お前ら邪魔っ、なんだ……よっ!」 「ギャアアアア……」 「ギュグワァァッ!」  陽が獅子に姿を変え、悪霊たちを一掃する。しかし、悪霊は次から次へと集まってくる。キリがない。朔も倒してはいくのだが、一掃というわけにはいかない。二、三体一度にというのが精一杯だ。 「くそっ、めんどくせぇ!」  陽の身体が黄金色に光り輝く。より大きな力を放出しながら、悪霊たちに飛び掛かり、その鋭い爪で切り裂き、尖った牙で抉る。それはものすごいスピードで、悪霊たちは次々とおぞましい叫びをあげながら消滅していく。それはまるで、光の矢が注連縄の周りを飛び交っているような光景だった。  ようやく悪霊たちは姿を消し、陽は一旦人の姿に戻る。その途端、体勢を崩す。それを朔が支えた。 「っと。……力出しすぎだ」 「これくらい何でもねぇよ。少し休めばすぐ復活する」 「ヘロヘロじゃないか」 「ちくしょー……春南にちゅーしてもらえばよかった」 「それは関係ない」 「あるに決まってんだろ!」  軽口を叩く余裕があるならまだ大丈夫だ。  朔は内心ホッとしながらも、辺り一帯に目を配り、神経を尖らせる。これで終わりではない。この程度で終わるわけがないのだ。  ピシャン。  水たまりを踏んだ音に、二人は即座に反応する。朔は陽を背に庇い、音のした方を向く。そして息を呑んだ。 「お前……」  一体どこから現れたのか。  朔の目の前には、津山玲二が立っていた。 「こいつっ……」 「陽、お前は休んでおけ」 「でも!」 「お前の力が頼りなんだ。温存できる時にしとけ」 「……っ」  玲二はその場に突っ立ったまま、ぼんやりとしていた。その目は虚ろで、彼がまた悪霊に操られていることは明白だ。 「お前、どれだけ性根が腐ってるんだよ」  一度憑りつかれた人間は厄介だ。霊とチャンネルが合ってしまっているので、再び憑りつかれやすい。とはいえど、短期間にこうも何度も憑りつかれるなど、心がよほど病んでいるという他ない。  恨みつらみ、妬みに嫉み、悪霊たちはそのようなものの塊だ。そんなものと引かれ合うのだから、彼はすっかり負の感情の沼に囚われているといえた。 「更紗は渡さない」  何の感情もこもらない声で、玲二が言った。  悪霊たちに身体を支配されている今、玲二の自我は更紗への執着のみなのだろう。逆にいえば、それがあまりに強いからこそ悪霊たちは玲二を乗っ取りやすかった。その願いを叶えてやる、その一言で簡単に堕ちるのだから。
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