月満ちる決戦の刻

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「更紗は……僕のものだ」  玲二の身体がゆらりと揺れた。かと思うと、あっという間に朔との距離を詰め、殴りかかってくる。すんでのところで躱し、再び距離を取る。 「身体を乗っ取られてるだけあって、人間離れした動きしやがる。朔、俺がやる」 「ダメだ。今日のお前は手加減できない。万が一にでも殺しちまったらどうする」 「……そうは言っても、あんだけ強力なのに憑りつかれてたら、遅かれ早かれヤバイと思うぞ」  陽の言うとおり、強い霊に身体を乗っ取られるということは、本人の体力を大幅に削る。かなり危険な状態だ。長引けば、津山玲二本人が命を落としてしまうということも十分ありうる。 「とりあえず、あいつの身体から悪霊たちを追い出す。陽、お前は……」 「あーあ……ごちゃごちゃ言ってる間に、まーた集まってきやがったな」  御神木の周りに、再び悪霊たちが集まり始めた。あちこちから飛んでくる。方向的に、海からのようだ。 「あっちに集まって悪さしてたのが、こっちに来てるのか。だとすると、少しは親父も楽になるかなっと」  陽は瞬く間に獅子に姿を変えると、鋭い爪で土を蹴り、空高く飛び上がる。浮遊する悪霊たちを鋭利な牙の餌食にし、そのまま地に下りるやいなや、大きな身体をしならせ、すごいスピードで倒していく。爪、牙、四肢で殴る蹴る、あらゆる攻撃を仕掛けては敵を一掃していく。  この場面はひとまず陽に任せ、朔は玲二をじっと見据える。今はゆらゆらとその場で左右に揺れているだけだが、いつまた攻撃をしてくるかわからない。  人間相手なら、呼吸を読むことである程度タイミングは予測できるが、今の玲二にはそれが通用しない。とにかく、一刻も早く彼の中から悪霊を追い出さなければ。 「行くか」  朔は呼吸を整える。相手の懐に潜り込み、玲二に力を当てるのだ。人間のダメージを最小限にという力加減は、普段ではなかなか難しい。だが今の朔なら、さほど難しくはない。満月故にだ。 「さら……」  玲二が動き出そうとする瞬間、それより早く朔が動いていた。  今度は朔が玲二との距離を詰め、大きく屈んで彼の懐に入り込む。そして、鳩尾(みぞおち)めがけて力を放とうとした時──。 『朔さん、避けて!』  突如、頭の中に更紗の声が響いた。朔はそれに素早く反応し、大きく飛び上がって玲二の背後を取る。 『また来る!』  先ほどは咄嗟のことで何が何やらわからなかったのだが、玲二の背中から太い棘が現れていた。避けなければ、それに貫かれていただろう。おそらくさっきも、この棘が朔を狙っていたのだ。 「更紗」  更紗がどこからか見ている。そして、危険を知らせている。  朔は更紗を求め、暴走しそうな心を必死に抑える。  今すぐ探したい。閉じ込められている場所から救い出したい。だが、まだ無理だ。  朔は一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりとこちらを振り返る玲二と対峙した。 「さら……さ……わたさ……ない……」  玲二の姿は、もはや人とは言えなかった。  両脇から蜘蛛の足が生え、太く鋭い棘がある。背中にも一際大きな棘があり、瞳は血のように真っ赤に染まって口からは涎が滴っていた。その真下は黒焦げになっている。この姿には覚えがあった。 「本物の牛鬼か」  境界の結界が弱まっている。牛鬼ほど力の強い妖怪なら、弱まった結界からこちらへ来ることが可能だったのだろう。しかし、それでも完全体ではない。 「こいつの身体を借りないと、こっちで暴れることはできないってわけか」 「さら……さ……さ……らさ……」  更紗の名前だけを繰り返すその声も、玲二のものではない。地の底を這いずり回るようなおどろおどろしいそれは、牛鬼のものなのだろうか。 「くそ……どうする」  牛鬼に憑りつかれてしまっているなら、それを追い出すことは容易なことではない。追い出すには相当の力が必要だし、その力に玲二の身体が耐えうるかどうかもわからない。もし耐えられなければ、玲二は死ぬ。
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