1072人が本棚に入れています
本棚に追加
朔が右肩を押さえていた。そこから血が流れている。
それを見た瞬間、更紗は愕然とし、頭が真っ白になる。しかし、更紗以上に衝撃を受けていたのがツキだった。
『いかん! 更紗、我に掴まれ!』
「え、えぇっ!?」
掴まれと言われても、ツキは子犬なのだ。どうやって掴まればいいのだろう?
「きゃあ!」
いきなり空間がぐにゃりと歪む。大きく体勢を崩す更紗を、ツキは体当たりで助ける。
まるで地震のような揺れ。縦に横にと揺れるものだから、胃がひっくり返りそうだ。
「う……気持ち悪い……」
『更紗! しっかりしろ!』
ツキの声に、何とか正気を保つ。
そうだ、ツキに掴まらなければいけないのだった。
更紗は朦朧とする頭で、ツキの身体をぎゅっと抱きしめた。これだとツキが更紗に掴まっているようなものだが、これしか方法がない。
『更紗、くるぞ』
「……何が?」
『結界が……崩れる』
「えっ……」
何故、いきなり結界が崩れるのか。
『血が流れたことで、ギリギリ保っていた結界が限界を越えた』
ツキがそう言った瞬間、真っ黒な空間がパアンと大きく弾け飛ぶ。
更紗はツキを抱えたまま、今度は真っ白な空間に投げ出される。
「ここは……」
真っ白な空間に立ってみて、初めて知った。
真っ黒も真っ白も変わらない。──何も見えない。
「ツキ、いる?」
『そなたの腕の中にいるぞ』
ツキの言葉にホッとする。こんなところで一人になるなど、考えたくもない。
『更紗、もう一度くる』
「えっ」
もう一度大きく空間が揺れ、更紗たちはまたどこかへ放り出される。
「きゃああああっ!」
今度は、再び真っ暗な空間だった。──いや、違う。
「え、ここ……」
「更紗……」
声のする方に顔を向けると、肩を上下に揺らしながら苦しげに呼吸する朔の姿があった。
右肩が真っ黒に染まっているように見えた。夜のせいだ。月明かりもない暗闇、だから黒く見える。しかしこれは黒ではなく、赤だ。
「朔さんっ」
よろめく足で必死に立ち上がり、朔に駆け寄ろうとする。だがそれより早く、朔が更紗の元へ駆け寄り、動く左手で抱きしめる。
「無事でよかった……」
「朔さん、肩……」
朔の右肩から腕は、血まみれになっている。
「ギャウウウウウッ!」
敵を威嚇する唸り声をあげるツキは、玲二から二人を庇うように立っていた。
結界が崩れ、更紗たちは元の空間に戻ってきたのだ。戻ってきた瞬間、ツキの言葉は聞こえなくなり、鳴き声になっている。
「ウォーーーン!」
遠吠えのような声をあげたかと思うと、ツキは目にも止まらぬ動きであっという間に玲二の懐に入り込み、その身体に爪を立てた。
「グアアアアアア!」
玲二は叫び声をあげ、地面に蹲る。しかしこれで終わりではなかった。玲二の身体からどす黒い何かが溢れ出てきて、ゆっくりと形作っていく。
「今のうちに……あいつを倒さないと」
「朔さん!」
黒いものに向かっていこうとする朔を更紗は止めようとするが、それを制される。
「朔さんっ!!」
抱きしめられてわかった。朔の身体は冷え切っている。強く冷たい雨に打たれ続けている上、体内からどんどん血液が奪われているのだ。このままでは危険すぎる。それなのに、朔はまだ戦おうとしているのだ。
最初のコメントを投稿しよう!