月満ちる決戦の刻

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 朔が右肩を押さえていた。そこから血が流れている。  それを見た瞬間、更紗は愕然とし、頭が真っ白になる。しかし、更紗以上に衝撃を受けていたのがツキだった。 『いかん! 更紗、我に掴まれ!』 「え、えぇっ!?」  掴まれと言われても、ツキは子犬なのだ。どうやって掴まればいいのだろう? 「きゃあ!」  いきなり空間がぐにゃりと歪む。大きく体勢を崩す更紗を、ツキは体当たりで助ける。  まるで地震のような揺れ。縦に横にと揺れるものだから、胃がひっくり返りそうだ。 「う……気持ち悪い……」 『更紗! しっかりしろ!』  ツキの声に、何とか正気を保つ。  そうだ、ツキに掴まらなければいけないのだった。  更紗は朦朧とする頭で、ツキの身体をぎゅっと抱きしめた。これだとツキが更紗に掴まっているようなものだが、これしか方法がない。 『更紗、くるぞ』 「……何が?」 『結界が……崩れる』 「えっ……」  何故、いきなり結界が崩れるのか。 『血が流れたことで、ギリギリ保っていた結界が限界を越えた』  ツキがそう言った瞬間、真っ黒な空間がパアンと大きく弾け飛ぶ。  更紗はツキを抱えたまま、今度は真っ白な空間に投げ出される。 「ここは……」  真っ白な空間に立ってみて、初めて知った。  真っ黒も真っ白も変わらない。──何も見えない。 「ツキ、いる?」 『そなたの腕の中にいるぞ』  ツキの言葉にホッとする。こんなところで一人になるなど、考えたくもない。 『更紗、もう一度くる』 「えっ」  もう一度大きく空間が揺れ、更紗たちはまたどこかへ放り出される。 「きゃああああっ!」  今度は、再び真っ暗な空間だった。──いや、違う。 「え、ここ……」 「更紗……」  声のする方に顔を向けると、肩を上下に揺らしながら苦しげに呼吸する朔の姿があった。  右肩が真っ黒に染まっているように見えた。夜のせいだ。月明かりもない暗闇、だから黒く見える。しかしこれは黒ではなく、赤だ。 「朔さんっ」  よろめく足で必死に立ち上がり、朔に駆け寄ろうとする。だがそれより早く、朔が更紗の元へ駆け寄り、動く左手で抱きしめる。 「無事でよかった……」 「朔さん、肩……」  朔の右肩から腕は、血まみれになっている。 「ギャウウウウウッ!」  敵を威嚇する唸り声をあげるツキは、玲二から二人を庇うように立っていた。  結界が崩れ、更紗たちは元の空間に戻ってきたのだ。戻ってきた瞬間、ツキの言葉は聞こえなくなり、鳴き声になっている。 「ウォーーーン!」  遠吠えのような声をあげたかと思うと、ツキは目にも止まらぬ動きであっという間に玲二の懐に入り込み、その身体に爪を立てた。 「グアアアアアア!」  玲二は叫び声をあげ、地面に蹲る。しかしこれで終わりではなかった。玲二の身体からどす黒い何かが溢れ出てきて、ゆっくりと形作っていく。 「今のうちに……あいつを倒さないと」 「朔さん!」  黒いものに向かっていこうとする朔を更紗は止めようとするが、それを制される。 「朔さんっ!!」  抱きしめられてわかった。朔の身体は冷え切っている。強く冷たい雨に打たれ続けている上、体内からどんどん血液が奪われているのだ。このままでは危険すぎる。それなのに、朔はまだ戦おうとしているのだ。
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