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「ギャウギャウ!」
「ツキ……頼んだぞ」
ツキと朔は何らかの会話を交わし、その後ツキはこの場から離れていってしまう。
「ツキ!」
「更紗」
朔は更紗を引き寄せ、額を合わせた。
「更紗、力を分けてくれ」
「朔さん……」
「お前が心配する気持ちはわかる。だから、さっさとあいつを倒してくる。その後でおとなしく手当を受けるから」
「……怪我が治るまで、ちゃんと療養してくださいよ?」
「あぁ。だから頼む。更紗、お前を守らせてくれ」
更紗は引き留めたい思いを心の奥に押しやり、願いを込める。月読命の力を注ぐのだ。こんな怪我など吹き飛ばしてしまうほど。
更紗は朔に力を与えた後、自分から唇を合わせる。
「もうこれ以上、怪我しないで」
「約束はできないが、なるべくな」
今度は朔が更紗に口づけを落とし、得体の知れないものに向かって駆けだしていった。
「あれはっ……!」
玲二は意識を失い、その場に倒れている。その隣では、玲二を乗っ取っていたものが一つの形を成していっていた。巨大な蜘蛛だ。その形はまた完全ではない。それでも、徐々にその姿が露わとなっていく。
これが完成してしまったら。それを想像し、更紗は身震いがした。
乗っ取られていた玲二の姿を思い出す。何本もの手足があり、それら全てに棘が生えていた。背中の棘は、手足のものより一際大きかった。
今形作られている蜘蛛もそうだ。これはもう、悪霊というレベルではない。まだ完全体ではないというのに、攻撃的な妖気が更紗の肌を刺す。それはもう、痛いほどに。
朔はそんな相手と戦っていた。何度も攻撃を仕掛け、蜘蛛の手足を切り離す。しかし、すぐにまた蜥蜴の尻尾のように生えてくる。キリがない。
今ここにツキがいれば、そう思わずにはいられない。いや、それよりも、更紗自身にも戦える力があれば──。何もできない自分が死ぬほどもどかしかった。
「ぐぅっ……」
「朔さん!」
朔が蜘蛛の攻撃で吹き飛ばされる。すぐに駆け寄りたいが、そうすればますます不利になることもわかっている。
更紗は堪える。朔の痛みが全て自分のところに来ればいい、そう思いながら朔を見守り続ける。額を合わせなくても月読命の力が朔に届くよう、ひたすら祈り続けた。
「さら……さ……」
「え? ……うぅっ」
朔ばかり見ていて気付かなかった。いつの間にか玲二が立ち上がり、こちらに向かってきていたことに。
更紗は玲二に背後から羽交い絞めにされてしまった。
「玲二……さん、離して……」
「もう離さない」
また何かに憑りつかれているのだろうか。そう思って玲二を見上げるが、特に霊の気配は感じない。だとすると、これは玲二本人ということになる。
目は落ち窪み、頬はこけ、ずぶぬれ状態の玲二は、付き合っていた頃の面影はすっかりなくなっていた。今ここにいるのは、妄執に囚われた哀れな男が一人。
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