月満ちる決戦の刻

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「朔さん、怪我っ……」  更紗は改めて朔の姿を見て、息を呑んだ。肩の怪我はそのままだが、それよりも。 「髪が……」  朔の長い髪が切り落とされていた。戦闘の際、牛鬼の攻撃でやられてしまったのだろう。  艶々とした髪は、今やズタボロ状態になっていた。更紗は朔の髪を一房手に取り、そっと撫でる。  朔は更紗を抱き寄せ、お返しをするかのように更紗の髪をやんわりと撫でた。 「髪なんかすぐに伸びるし、短くてもいい」 「え、でも……」  あれほど長く美しい髪だったのだ。そこに何か意味や拘りがあるのではないのか。  それを尋ねると、別方向から声がした。 「願掛けみたいなもんだよ。俺たちは嫁を娶って一人前、朔はそれを願って、ずっと髪を伸ばしていたんだ」 「陽さん!」  陽が両足を伸ばして座り込んでいた。上半身は何かにもたれ掛かるように斜めになっている。あちこちに傷を負い、衣服が血で染まっていた。  思わず駆け寄ろうとした更紗だが、朔が離そうとしない。 「朔さん、少しだけ……」 「嫌だ」 「朔さん! 陽さんがこんなに傷ついているのに」 「傷はもう塞がってきているはずだ」 「え?」 「バラすなよ! せっかく更紗さんに労わってもらえると思ったのに」  陽は唇を尖らせ、朔をねめつけた。朔はフイと横を向いて、知らん顔をしている。 「春南さんに言いつけるぞ」 「待った! それだけはなしで!」  他愛のない兄弟のやり取りに、更紗は大きく息をつく。  どうやら朔の言うことは本当のようだ。しかし、まだ戦える状態にはとても見えない。 「この竜巻は、ツキが起こしてるんですよね?」  朔を見上げてそう尋ねると、朔は静かに首を縦に振った。 「結界が崩れた時、その結界から出てくる悪霊たちの相手を陽が、ツキは結界をもう一度張るために奮闘していた。だが、満月とはいえ、一人で相手をするのは相当厳しかったはずだ。にもかかわらず、こいつは俺のことまで気にかけていた」 「気にかけて……?」  顎でクイと示すのは、陽だ。陽は苦笑いしながら、頭を掻いた。 「ほとんど力が使えない状態で、牛鬼の相手なんざ無謀にも程がある。完全体じゃないとはいえ、その強さは尋常じゃない。朔一人で戦わせるわけにはいかなかったんだよ」 「アホか! それでボロボロになってたら意味ないだろうが! おかげで、ツキの力が完全発動じゃないか!」 「うっせーな! 可愛い弟死なすわけにはいかねーだろっ!」 「うっさい! 可愛い言うな!」 「お前が死んだら更紗さん、どーすんだよ? 嫁に来て早々未亡人にする気か? そんなことしやがったら、俺がお前を、いや、親父がお前を地獄に叩き落としてくれるわっ」 「二度殺す気かっ! 誰が可愛い弟だっ!」  朔がこんな風にムキになって怒るのを初めて見た。それほど陽のことを心配しているのだ。そして、それは陽もだ。  互いの思いに胸が熱くなるが、死んだらとか、地獄に叩き落とすとか、その辺りは勘弁してもらいたい。今この状況では、心臓に悪すぎる。  更紗は朔の背に腕を伸ばし、力を込める。 「更紗……」 「朔さんが死んだらなんて、ほんのちょっとでも考えたくありません。でも、もしそうなったら……」  朔が息を呑む気配を感じた。更紗は顔を上げ、思い切り不機嫌な顔をしてみせる。 「更紗?」 「一生、恨みますから」 「……っ」 「それ、嫌ですよね?」 「あ、あぁ」 「恨んで恨んで恨み倒したあげく」 「あげく?」 「陽、入ってくんな!」  陽は完全に面白がっている。朔は何を言われるのかと緊張している。  こんなに緊迫している時に何をやっているんだと思う。しかし、わかってほしかった。心にいつも留めておいてほしかった。  二人には絶対に死んでほしくない。生きていてほしい。  更紗がそう思っているのと同じくらい、春南だってそう願っている。この思いを、どんな時でも忘れないでいてほしい。  更紗は深呼吸をして、二人を見据えた。 「え? 俺も?」 「俺も、です。陽さんは、春南さんの言葉だと思って聞いてください」 「……はい」 「陽さん、動けますか?」 「え? あ……うん、もう動けるかな」  陽はヨロヨロと立ち上がり、こちらに近づいてくる。更紗は陽の腕を掴み、力いっぱい引き寄せた。
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