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「うわっ!」
「更紗、何を……」
更紗は二人を抱きしめる。
「……恨み倒した後、吹っ切ります」
「……へ?」
「は?」
二人から素っ頓狂な声が飛び出した。
更紗は二人に笑顔を見せ、さらに言葉を重ねる。
「吹っ切った後は、また素敵な人を探します」
「えええええーーーーっ!」
「ちょっと待て、更紗」
「だって、置いて行かれてしまったらどうしようもないです。朔さんも陽さんも、私たちがずっと泣き暮らしていたら安心して天国に行けないでしょう?」
「いや、ちょっと、えっと……」
陽はあたふたと両手を動かしながら、慌てている。朔はというと、頭を抱えてしまっていた。
困り果てている二人を見て、更紗は小さく笑みを漏らす。
そう、こうやって困ってもらわなくてはこちらが困るのだ。
「もっともっと困ってください。私たちを簡単に手放したりしないで。勝手に置いていくなんて、私も春南さんも絶対に許しません」
二人の目が大きく見開かれた。
しばらくの間沈黙が流れ、その後、陽が思い切り噴き出した。
「つえぇ! 春南と張るわ。いてっ」
「大丈夫ですかっ?」
「大丈夫、大丈夫。おかげで元気になったよ」
陽が太陽のような明るい笑みを見せる。
顔色もかなりよくなっており、復調してきているのがわかった。相当ダメージを受けていたようなのに、さすが満月だ。
「更紗」
「朔さん」
朔の両腕にすっぽりと埋まる。更紗は目を見開き、朔を見上げた。
先ほどまでは片腕しか動いていなかった。だが今は、両腕で抱きしめられている。
「朔さん、肩は?」
「ようやく傷が塞がった」
「え……だって、満月なのに?」
「ここはツキに護られている空間だ。つまり、月読命の力が強い」
そういえば、ここは温かい。外は嵐のように雨風が激しいというのに、ここは風もなく雨も降っていない。それどころか、足元からポカポカと温もりが湧き上がり全身に沁みわたるようだ。
陽がこれほど早く動けるようになったのは、そういうことだったのか。
ツキが本来の姿になったということは、朔と同様、陽も瀕死の重傷を負ったはずだった。本来なら、こんな風に会話などできる状態ではなかったのだ。
改めてそれを思うと、身体が震えてくる。怖くてたまらなくなる。
朔は震える更紗を強く抱き込み、耳元で囁いた。
「俺たちは絶対に死なない。嫁を残して逝くなんてありえない。俺も陽も、嫁を他の男にやるわけにはいかないからな」
「……っ」
朔は更紗の耳朶を柔く食み、そっと身体を離す。その視線はすでに外に向かっていた。
「ツキと満月のおかげで、こっちはもういいぞ。お前も更紗さんを補給できたんだから、そろそろいいだろ?」
陽が片側の口角をクイと上げる。挑むような微笑みだ。
朔もそれに応え、更紗に背を向ける。
「さぁ、第二ラウンドだ。牛鬼蹴散らして、幽世への穴を完全に塞ぐぞ。親父ももう戻ってきてるだろ。結界を張るために準備してるはずだ」
「あぁ。……更紗、お前はここで待っていてくれ」
「はい。あ、少しだけ待ってください」
更紗は二人に屈むように言って、陽と朔に額を合わせる。
ここは月読命の加護が強い。だから更紗のこれは必要ないかもしれない。だが、嫁の務めを果たしたかった。
陽は、春南の分だ。更紗がいない間は春南がそうしていたと聞いている。なので、今度は自分の番だと思った。
「……いってらっしゃい。無事に戻ってきてくださいね」
二人は力強く頷き、勢いよく飛び出して行った。
更紗は外を食い入るように見つめる。
どんなに辛くなっても、二人の戦いを最後まで見届ける。二人の無事を祈りながら。それが、今更紗にできる唯一のことだ。
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