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「え……と、あれ?」
竜巻の渦の中にいたはずの更紗は、いつの間にか拝殿の前にいた。
竜巻はもちろん、あんなに激しく吹き荒れていた雨風もやんでいる。空には美しい真円を描いた満月が光り輝き、月川神社を照らしていた。
「更紗!」
呆然としている更紗の元へ、朔が駆けてくる。朔はあっという間に距離を縮め、更紗をその腕の中に閉じ込めた。
「朔さん」
「怪我はないか?」
「怪我してるのは、朔さんでしょう?」
更紗は朔を見上げ、柔らかく微笑む。朔も表情を和らげ、首を横に振った。
「傷は塞がっているし、これくらいすぐに治る」
「ちゃんと治るまでは、あまり無理しちゃダメですよ」
「わかっている」
そう言いながらも、朔はさらに強く抱きしめてくる。傷の負担になるだろうに、そんなことはお構いなしだ。
しかし、更紗も同じ気持ちだった。
もっと近づきたい。朔との間に、ほんの僅かな隙間さえ作りたくない。朔に触れたい。
更紗も朔の背に腕を回そうとした時、わざとらしい咳払いが聞こえた。慌ててその腕を下げて朔から離れようとするが、朔の腕が緩まないので結局はそのままだ。
「親父、邪魔するな」
「好き好んで邪魔しとらんわっ! とりあえず母屋へ戻って、怪我の手当をしっかりしないと、肩がどうなっても知らんぞ! あと、あそこでぶっ倒れている陽を運べ」
司狼が指差す方向へ目を向けると、御神木の結界の外側で大の字になっている陽がいた。へらりと笑いながら、弱々しく手を振っている。力を使いきって動けなくなっているようだ。
「親父が運べばいいだろう? 俺も怪我人だ」
「あんな重いもん、運べるか! お前、更紗が怪我してたらどうするんだ? まさか、怪我のせいで運べないって言うんじゃ……」
「運ぶに決まってるだろう」
「怪我なんて関係ないじゃないかっ!」
まるで親子漫才のようで、更紗はクスクスと笑ってしまった。
家では、春南が皆の帰りを今か今かと待ち焦がれているだろう。早く顔を見せないと、春南が気の毒だ。
「朔さん、春南さんのためにも早く帰りましょう」
「……そうだな、わかった」
「……更紗の言うことなら聞くんだな」
「当たり前だ。嫁の言うことは何でも聞けって、親父が言ったんだろう」
「むぅ」
それのどこがおかしいのか、とでも言いたげな朔の表情に、更紗の胸は高鳴った。
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