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穏やかな表情で眠っている朔は、少しあどけない。いつもとのギャップで、さらに愛しさが募る。
朔の髪にやんわりと触れる。長さがバラバラになってしまっているので、落ち着いたらこれも何とかしなくては。
「更紗さんも、すっかり夢中ですって顔してる」
「えっ……と、あの……あー……はい」
陽にそう指摘され、顔を赤くしながらも肯定する。否定しようがないし、したところで無駄だ。
そうこうしているうちに、春南が片付けを終え、居間に戻ってくる。尻尾を左右にブンブン振りながら、陽がすぐさま春南の元に飛んで行く。
「あら、陽はまだ元気そう。それじゃ、司狼さんをちゃんと寝かせるから、寝室まで運んでもらえる?」
「ええええー!」
春南の言葉に「ガーン」とショックを受けている陽を見て、更紗は噴き出しそうになった。
しかし、それもわからないではない。やっと甘えられると思ったのに、これなのだから。
「布団は敷いたんだけど、司狼さんを運べる人が他にいないでしょう?」
「朔を叩き起こせば……」
「ダーメ! 司狼さんを布団で寝かせた後は、家でちゃんとよしよししてあげるから」
「……わかった」
不承不承頷く陽が可愛らしく見えた。
陽は朔を恨めしそうに眺めた後、少々乱暴に司狼を持ち上げる。それでも司狼には全く起きる気配がない。
「ちぇっ。俺も熟睡しとくんだった」
「してても、起こすけどね」
「ええっ!? 朔は起こさないのに?」
「朔さんは、ようやく更紗さんに会えたの! 会えない間はほとんど眠れてないみたいだったし、今は寝かせてあげなさい」
「うぅ……」
ほらほらと急かされながら、陽は司狼を運んでいく。春南は更紗を振り返り、唇だけで「ごゆっくり」と言い残し、陽の後を追いかけた。その際、ツキを一緒に連れていくことも忘れない。
「春南さん……」
広い部屋に二人きりとなり、急に心臓がドキドキと暴れ出す。
他に誰もいない。朔と二人きりになるのは、随分と久しぶりのような気がした。
だから、これほど緊張するのだろうか──。
更紗は気を紛らわせようと、再び朔の髪に触れる。が、いきなりその手を取られた。
「え……」
朔が突然目を開けたので、更紗は飛び上がるほど驚く。しかし声をあげる間もなく、いつの間にやら朔の腕の中にいた。更紗からすれば、何が起こったのかさっぱりわからない。
「え、あの、朔さん? もしかして、起きてたんですか?」
「今起きた」
「……ほんとですか?」
起き抜けの動きとは思えない。
更紗が信じられないという疑いのまなざしを向けると、朔は緩やかに口角を上げ、更紗の額に口づけた。
「朔さんっ」
「皆がいなくなるのを待っていた」
「え……?」
朔は更紗を抱きしめたまま、顔中にキスを落としていく。額の次は鼻先、そして頬、耳朶、そのまま唇はゆっくりと下りて首筋に。強く吸い上げられ、更紗はたまらず声をあげた。更紗は熟れた果実のように頬を染め、朔から目を逸らす。
「お、起きたのなら家に……」
「……まだ手を出せないというのは、なかなか辛いものだな」
「え……と?」
朔の指が更紗の顎にかかり、朔の方へ向かされる。朔の艶やかな笑みに、眩暈を起こしそうになった。
「更紗、早くお前の全てに触れたい」
掠れた声でそんなことを囁かれ、本気で倒れそうになる。
更紗は朔の胸に顔を埋め、小さく首を横に振る。首を横に振ってはいるが、それが拒否でないことは明らかだ。
朔はもう一度更紗の顎に手を添え、上を向かせる。潤んでいる更紗の瞳のすぐ下に唇を落とし、次こそは本命とばかりに、唇を奪う。長い時間をかけて更紗の唇を味わった後は、呼吸のために僅かに開いた隙間から舌を滑り込ませ、今度は口内をくまなく愛撫する。
「んっ……ふぁっ……ふぅっん……」
時折漏れる更紗の声は甘くなり、艶を帯びてくる。それでも、その先へはまだ進めない。
だが、それもあと少しの辛抱だ。
朔はフッと吐息を漏らし、すっかり力の抜けてしまった更紗の身体を抱き上げた。
「朔さん……んぅっ」
自分の名を呼ぶ更紗の口を再び塞ぐ。
更紗の唇が動き、朔の名前を呼ぶ。その瞳に朔が映る。更紗の脳内には今、朔のことしかない。
「更紗」
はにかみながら微笑む更紗を見ているだけで、暴走しそうになる自分を抑え込むのに必死だ。
「自分で仕掛けたとはいえ、拷問だな」
小さく呟くと、朔は更紗を抱いたまま、居間を後にした。
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