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(まずい……)
景吾だけは、生きた心地がせず、視線を漂わせていた。沙羅はパティシエではない。彼女の本当の職業は知っている。
それに、店の名前だと言った【フュネライユ】の本当の意味も……。
「そういえば、お店のケーキって面白い名前ついてるよね? これ、なんて名前?」
「毒林檎、です」
妖艶な微笑を浮かべながら答える沙羅に、背筋が粟立つ。
(本当に、毒林檎だったら……)
彼女なら、やりかねない。そう考えると、ケーキを口に運べなかった。
「へぇ、ネーミングセンスないね。うーん、美味しい!」
足をパタパタさせながら、梨々花はケーキを頬張っている。沙羅も美味しそうに食べていた。
(大丈夫なのか? それとも、この世間知らずだけか、もしくは、俺も……)
沙羅を見つめながら考えていると、彼女がこちらを見た。
「食べないのですか?」
「あ、いや、いただきます……」
意を決してケーキにフォークを入れる。真っ赤な飴がパリッと割れ、スポンジやクリームをふんわり切っていく。中央から、赤くドロリとしたものが零れ落ちた。外灯の灯りだけではよく見えないが、真っ赤なソレはグロテスクなものに見えた。
口に入れると、適度な甘みと果実特有の酸味が口の中に広がった。
(あれ? これ、林檎なのか? それとも……)
違和感を覚え、ケーキを見ると、隣から「あれっ?」という声が聞こえた。
「何、これ。なんかかたいし……。え? 毛!?」
「ネズミですよ。猫はネズミがお好きでしょう?」
まるで世間話でもするようなトーンで、恐ろしいことを口にする。梨々花は立ち上がって逃げようとするも、尻もちをついてしまう。
震えながらも後ずさりをする梨々花の前に、三日月を背にした沙羅が立つ。黒髪に隠れて沙羅の顔は景吾には見えないが、怖いくらいに美しい微笑を浮かべているのは、容易に想像がついた。
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