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10月31日は死者の祝祭日とされ、死者が現世に迷い出る不思議な日だと言われている。その前日、30日の夜から話は始まる。
~前日~
安息日前日ということもあり、特設マーケットは賑わいを見せている。死者の祝祭日に因んだマーケットはカボチャのオレンジ、黒、紫といった色が随分と目立っている。その中を、ファウストはのんびりと見ていた。
「この季節のマーケットは怪しさ満点だよな」
店を見ながらランバートが呆れたように言う。確かに少し怪しげではある。三角の目や口を抜いたかぼちゃのランタンはとにかく目立つが他にも、何やら怪しい色の飲み物なんかもある。
その中の一つ、他のマーケットよりもワントーン暗い露天を見つけてファウストは立ち止まった。
店には年老いた老女が一人、少し俯いた感じで座っている。背が小さく少し猫背、真っ白でパサついた髪を三つ編みにし、そこには何やら水晶の髪留めをつけている。黒いワンピースに黒い外套を着た、一種異様な感じだった。
「どうした?」
「あぁ、いや」
ファウストの視線を追ってランバートが問いかける。それに慌てて答え立ち去ろうとしたその時、老女のしわがれた声が引き留めた。
「お客さん、疲れてるねぇ」
「え?」
「甘えたいと、思っているんじゃないかい?」
「!」
少し低く枯れた声だが、何故か鮮明に聞こえる。そして老女の言うことはファウストをドキリとさせた。
疲れたというと……少なくとも、肉体的には疲れていない。ただ少し、ランバートにもう少しだけ近づきたいと思う事もある。ただ、年上としてとか、上官としてとか、普段の感じとかもあって出来ないのが現状だ。
老女が小さく笑い、一つの指輪をファウストの前に出した。古く少しくすみ、黄色がかった水晶のついた指輪だった。
「持っていくといい。お前さんの願いがほんの少し叶うだろうさ」
「いや」
「なに、精々が一日程度夢を見るだけ。死者の祝祭日は不思議の混じる日。少しばかり楽しんだって罰は当らないよ」
不審には思ったが、特に何があるわけでもない。お代を聞いても「持っていきな」と言うばかり。
妙に惹かれる部分があり、結局訝しみながらもそれを手に取ったファウストはそのままランバートを追って行く。
だが数十分後、帰り際にもう一度その辺りを通ったにも関わらず先程の店は見つけられなかった。
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