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◆◇◆
「…………ト」
「?」
「ファウスト?」
「……ん」
ふと側で声がして顔を上げると、ランバートが心配そうな顔をしていた。場所はソファーで、そこに腕を組んで座ったまま眠っていたようだった。
自分の体を確かめてみると、ちゃんと人間の姿をしている。格好は寝起きの状態だったが。
「ファウスト、どこ行ってたんだ?」
「……あぁ、いや」
猫になっていた、なんて言ったら笑われるか寝ぼけているかだろう。
ふと思い出すのは猫の間の事。ふわりと笑うあのあどけなく幼く綺麗な笑顔だ。
手を伸ばして、頬に触れる。そしてふわりと笑った。
「悪い、少し寝ぼけているみたいだ」
「え?」
「黒猫、いなくなってるな」
「あっ! そうなんだよ! 何処行ったか知ってる?」
「いや。だがきっと、帰ったんだろう」
大事な人の側に。
起き上がると何でもない。特に体に異変もない。そのまま伸びをすると不意に、何かキラキラした物が床に散らばっている事に気づいた。
屈んで見てみると、それはあの指輪についていた水晶が砕けたもののようだった。
やっぱりこれは、あの指輪のせいなのだろうか。思い……だが、悪いものとはしなかった。おかげで大事な事を一つ知る事ができた。
「どうする? 昼を少し過ぎたくらいだけど、どこか行く?」
「いや、今日はこのまま過ごしたい。ランバート」
「ん?」
座るランバートの側に歩み寄り、そっと抱き寄せる。そして、ゆるゆるっと力を解いた。
「どうしたの?」
「お前に少し、甘えたい気分だ」
「!」
伝えるとランバートはビクリとして、その後で笑う。そして優しく頭を撫でて笑った。あの柔らかい表情で。
「甘やかしてあげるよ」
「あぁ」
「膝枕とかする?」
「いいかもな」
「本当に? あっ、マッサージとかもするけれど」
「マッサージもいいけれど、今日は側にいたい。気を遣わなくていいから、一緒になんでもない時間を過ごそう」
最近、そういう時間が少なかったな。大事な時間のはずなのに。
緩く笑ったランバートは、静かに頷く。そして二人、互いに体を預け合って座っている。最近何を食べたのか、どんな面白い事があったのか、先のイベントが楽しみだとか。そういう、ふわふわとした普通の話だ。
「夕飯は、久々に下町にでも食べに行こうか」
「いいな、それも。今日は賑やかだろうな」
「手、繋いでいいか」
「勿論」
今も側にある手を握って、握り替えされて、同じ時間を同じ視線で過ごす午後。不思議がくれた、温かな一時となった。
END
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