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 どうしてこんなことになったんだろう……。  何が悪かったのだろう……。  ドロドロに汚され、ボロクズの様になり果てたダークエルフのエミリアはゴミの様に引き摺られ、これから断罪の場に放り込まれようとしていた。  彼女の───ダークエルフ族の誇る美貌はそこにはなく、美しい褐色の肌も泥と凌辱と拷問の果てに見るも無残な有様だった。  灰色の髪は所々が引き抜かれ、血と泥で固着し、酷く油じみている。  ───これが一時的にとは言え、あの勇者パーティのメンバーだったなどと誰が信じるだろうか? 「ど、どうしてなの……シュウジ───」  引き摺られ、足と膝がボロボロになりつつあるのをぼんやりと眺めながら、エミリアは自問する。  どうして?  どうして……。  ───私が魔族だから? それとも、ダークエルフだから?  いえ……。  人に忌み嫌われる死霊術の使い手だから?  もしかして、『帝国』に損害を与えたから?  それとも、彼を、彼を……。  ───勇者シュウジを、愛したから……?  ねぇ!    どうして……。  どうしてなの、シュウジ……───。  ───あんなに……。あんなに、愛してくれたのに!! 「おい、立てッ! 立って歩かんかッ!」  エミリアを引き立てる帝国兵は、鞭を手に彼女の背を打ち据えて、背中にあるボロボロになった死霊術の魔法を込めた刺青を傷つける。  バシィィイイン!!  鋭く風を切る鞭の一撃がエミリアに激痛をあたえる。 「───あぁああッッ!!」  既に耐えたと思っていた悲鳴が漏れ、余計に兵の被虐心を煽った。  そのまま二度三度と鞭を受け、立つことも能わない。 (あぁ……私の死霊術───……。愛しい死霊(アンデッド)たち)  一族の誇り───。  ダークエルフの禁術にして、秘術───その切り札たる死霊術の刺青はすでにズタズタだった。  魔法を籠めた呪印を示す刺青は焼かれ、  そして、切り裂かれて、皮ごと剥がれていた……。  そこには、かつてのようには毛ほどの魔術も通らず、もはや以前のように死霊を操りることもできそうにない。  だから───今はもう、不死の軍勢を作ることは到底不可能に見えた。 (くそぉ……!)  ゆ、許さない……!  私はお前たちを許さないからなッ!!  私を散々弄び、拷問し、笑いながら死霊術を奪ったお前たちを!!  帝国軍、魔法部隊顧問───賢者ロベルト  ドワーフ鉱山の戦士───騎士グスタフ  森エルフの神官───神官長サティラ  そして、  あぁ……そして、我が義妹───!  私を裏切り、  魔族を裏切り、  魔王様を裏切り、  ……家族を裏切った、  ───可愛い、可愛い、私のルギアっ!!  私はお前たちを絶対許さないッッ!! 「うぅぅ……」  頬を伝う熱い雫───。  未だに涙することができる自分に驚くも、涙は止めどなく溢れてきた。  それは熱く、悲しく……悔しい涙。 「チ……散々、帝国軍を手こずらせておいて、許されると思ってたのか! とっとと歩け! この売女が!!」  ドカッと背を蹴りつけられ、地面に押し付けられるエミリア。  汚く、腐った血がしみ込んだ不衛生な地面を無理やり舐めさせられる屈辱。  先日までなら、このあとで好色染みた男達によって、酷い辱しめを受けることになったのだろうが……。  今のエミリアの汚さといったら、ゲスを極めた帝国軍ですら食指が動かないほどだ。 「ええい……!! いいから、引き摺ってでもつれて行け! 勇者さまがお待ちかねだッ」  ゆ、  勇者?!  今、勇者さまと───!? 「お? なんだ、なんだ。なぁんだぁ?───見ろよコイツ、目に力が入りやがったぜ……へへ」  嫌らしく笑う兵とその部下たち。  だが、そんなものはどうでもいい──。  勇者。  勇者さま!  私の勇者さま!!  そうとも、勇者シュウジ!!  シュウジが……シュウジが待ってくれている。  シュウジ。  シュウジ!!  ───シュウジぃぃい!! 「へへ……おめでたい野郎だぜ。こんな目にあっているというのによ」  兵の言葉など、耳に入らぬほどの歓喜をその顔に浮かべてエミリアは立った。  ……ヨロヨロと。  そのボロボロの身体に鞭を打つように、たった数歩だけとはいえ、自分の足で立った。  その先の刑場へ向かうために……。  絶望しかないと、誰もが知っているというのに、エミリアは崩れ落ちるまで歩いた……。  あとは、力尽き……結局引き摺られることになってもだ───。 ※ ※ ※  それは、約1000年前のこと。  かつて───世界は混沌に包まれていた。  人と魔が相争い時代。  憎しみあう種族どうしの戦争の果てに、  大地は痩せ、森は枯れはて、山は瘴気を噴出した。  長く、長く続く戦乱の先、世界は滅びようとしていた。  平和を愛し、争いを好まない「人類」は魔族に追い詰められ、絶望にあえいでいた。  しかし、神は人類を見捨てなかったのだろう。  荒れ果てた世界を悲しみ、魔族を討てと一人の青年を召喚せしめたのだ。  異世界より召喚されしものは勇者───。  ()のものは優しく、美しく、聡明な若者であった。  彼は単身、都を立つと魔王を討つべく旅をした。  その途上で仲間を見つけ、ともに手を取り合い魔族の軍勢と戦った。  万の軍勢を退け、  千の竜を打ち倒し、  百の敵将を滅ぼした。  その剣は鋭く、海を割り────。  その魔術は猛々しく、山を穿って見せた。  そして、ついに魔族の王──魔王と決戦に挑む。  数日にわたる攻防の末───、  若き『賢者』を失い、  畏き森の住人『エルフ』が斃れ、  鋭き鉄を打つ『ドワーフ』が帰らぬ人となった。  しかし彼らの死を乗り越え、怒りに燃える勇者は己の存在を犠牲にして魔王と相打つことに成功した。  そうして、勇者の犠牲のもと当代の魔王は滅び、世界には束の間の平和が訪れた。  だが人類は結束する。  二度と戦禍を起こさぬため、人々は魔族を北の大地に封印しようと、強大な国家を成したのだ。  後に地上最強の国となる『帝国』の誕生である。  帝国はその力を存分に振るい、魔族を駆逐し───そして、北の大地へと閉じ込めた。  そんな、美しく優しい世界の果て ───。  魔族が閉じ込められた北の大地に、闇の眷属───ダークエルフ族の女児、エミリア・ルイジアナは生を受けた。  彼女は平凡な両親から生まれた、凡庸なダークエルフだと誰もが思っていた。だが、エミリアはただのダークエルフではなかった。  なんと、  彼女は……生まれながらにして死者の声を聞くことができる特殊な体質をもって生まれてきたのだ。  死者の声が聞こえるということ。  精霊術を行使するエルフ族の中にも、稀に『精霊』とは真逆の性質をもつ、『死霊』に好かれる性質を持って誕生することがあるらしい。  生まれつきのことなので、それを普通のことだと思っていたエミリアは、自分が異質だと当初は知らなかった。  だから、両親の前に動く人骨──スケルトンを連れ帰ったのだが……。  相当な騒ぎになったことは想像に難くないだろう。  なにせ、そいつはアンデッド───。  エミリアにとっては友人でも、素質のない者には意志のないモンスターにしか見えない。  楽し気にスケルトンと手をつないで歩いてきた我が子に驚愕した両親は、やむを得ずスケルトンを粉々にした。  そして、スケルトンの一件以来、エミリアの特殊な性質が知れわたってしまい、彼女は一族の秘術を受け継ぐことになった────。  それが死霊術(アンデッドマスター)。  死霊を操り、死霊と戯れる闇の魔法だ。  脈々と、ダークエルフ族だけが受け継いできた秘術。  最強にして、禁忌の魔法───。それを魔法の呪印にて背中に刻むことで、死霊術を操る死霊召喚を使いこなせるようになるのだ。  厳かな儀式の中、  不死者や死霊を表す「アンデッド」という『帝国』より、はるか昔に栄えた(いにしえ)の文明の言葉を刻まれるエミリア。  ───刺青(いれずみ)を彫る激痛を耐える中で、彼女は徐々に死霊たちとの繋がりを意識していく。  そして───……儀式を終えた彼女が(うた)う。 「死者達よ────……」  初めて行使する死霊術。  エミリアの呼びかけの応じて、濁った暗い光の中から地中から不気味な門扉が浮かび上がった。 (これが、冥府の門───……)  骸骨やら悪魔やら天使やらがデザインとしてあしらわれた不気味な門扉は、死霊術の根幹───『アビスゲート(冥府の門)』と呼ばれるもの。  これを召喚することこそが、死霊術の真髄であり。  冥府に繋がる門を呼び出し、あの世とこの世を結ぶ禁忌の(すべ)だ───。  ───ギィィィィィイ……。  重々しく門が開き、現れたものは虚ろなる霊魂。  スキルLV0の『雑霊』だ。  そして、アビスゲートが現れると同時に、  ブゥン……!  と、空気の震える音。  それとともに、エミリアの眼前にステータス画面が現れた。  ズラリと並ぶ文字列。 アンデッド Lv0:雑霊 スキル:取り付き、テラーボイス、生命吸引 ヘルプ:原始の霊魂。     人や獣の魂が(ほぐ)され無に戻った姿     どこにでもあり、     誰にも見えない魂の素……。  キラキラと青い光の粒子を棚引く霊魂の飛翔は、一種幻想的な光景でもあった。  死霊術の魔力を籠めた背中の入れ墨が、死者の魂を呼びだしたのだ。  これが、私の死霊術───。 「あぁ、愛しき我が死霊たちよ───……」  うっとりと骨を愛で、死霊と戯れるエミリア。  幼いながらも、その姿は妖艶ですらあった。  ───こうして、死霊術士(アンデッドマスター)のエミリアは誕生した。  彼女は、以前よりも明確に死者と意思疎通ができる体となり、禁忌と引き換えに最強の力を得ることになった。  愛おしい霊たち。  優しく、  猛々しく、  そして、悲しい死者たち────。 「───さぁ、一緒に行こう……。愛しきアンデッドたちよ」  霊魂を愛し、  死者と語り、  英霊を敬うダークエルフ。  特殊なインクと秘術の刺青によって、自らの体を魔法陣(・・・・・・・・)とし、死霊を召喚する戦士。  彼女こそが、ダークエルフ族最強の戦士──死霊術士(アンデッドマスター)のエミリアだ。  ※ ※ ※ 「では、行ってまいります」 「気を付けて───」 「無理をするなよ……何があっても帰って来い」 「はい…………!」  エミリアが戦士として成熟している頃。突如、帝国と魔族の戦争が勃発した。  死霊を使役するエミリアは一族最強の戦士として、軍役につくことになった。  優しい両親の見送りを受け、そして家の戸口で待っていた義理の妹、ルギアと無言で抱き合う───。 「…………」「…………」  彼女の名は、ルギア・ルイジアナ。  エミリアの両親がそう名付けた。  ルギアは、血のつながった家族ではない。  彼女はエミリアの家に居候する義理の家族なのだ。  出会いは偶然。  数年前に、魔族領土の奥地で凍えていたところを、はぐれエルフとして保護された。  そして、成り行きでダークエルフの里で世話をすることになったというだけ。  外見は、白く線の細い小柄な女性。  ダークエルフ特有の褐色肌ではなく、アルビノと思しき抜けるような白い肌。  そして、金糸の如き美しい髪に、透き通るような青い目───。  明らかにダークエルフではないものの、年の近そうなエミリアの家庭に引き取られ、数年もの長い間一緒に暮らすことになった。  ルギアは寡黙で愛想のない子ではあったが、同じく寡黙なエミリアとは、それなりに馬が合ったらしい。  優しい両親と、  弱く、優しく、愛しい存在……義妹のルギア───。  死霊よりも、骨たちよりも愛しく大事な大事な存在……それがエミリアにとっての家族だ。  それらを守るために戦う。  エミリアの戦士としての矜持はそこにあった。  もっとも、戦争などと帝国は謳っているが、実態は侵略行為だ。  事の発端は、「希少な鉱物」と「燃える水」が産出され、それを商品として国境の町に持ち込んだがために起きたこと。  要するに、資源を欲した帝国が強欲にも交易ではなく──全部よこせと言ってきただけの話。  抵抗するものは殺され、  女子供は連れ去られ、  財宝は持ち去られた。  立ち向かうのは、たった一人で死者の軍勢を率いる死霊術士。  壊滅した帝国軍が見たのは、月夜に灰色の髪を靡かせて、赤い瞳を輝かせるダークエルフの少女の姿。  魔族最強の戦士、死霊術士のエミリアだ!  エミリアは、ダークエルフの中では(・・・・・・・・・・)美人の部類ではないらしいが、容姿に頓着しない彼女のこと。  女を捨てて、各地で獅子奮迅の活躍をする。  髪を振り乱し、ボロボロの皮鎧をボンテージの様に着こなし、背中の入れ墨を大胆に晒して戦場を駆ける。  アビスゲートから、無数の霊魂を召喚し、青い光の粒子の中に浮かぶエミリア。  鬼神の如く戦い、連戦連勝。……エミリアの名は悪名とともに帝国軍に響き渡った。  そうして、戦争が硬直状態に陥ったころ──……帝国に、異世界より勇者が召喚された。  そう、『勇者』……。()生ける伝説────。  対魔族の最終兵器────勇者。  人類最強の戦士だ。  帝国の首都に召喚されしは、伝承のごとく美しい青年だった。  ()の者は、シュウジ・ササキと名乗り、帝国中から最強のメンバーを集め勇者パーティを結成。  並みいる魔族を駆逐し、そしてついに───魔族領の深部にて、エミリアと邂逅したのだ。  ……それは戦争の最終局面だった───。  いまや、砦を失い、城塞を奪われ、最後の城が無防備に残るのみ……。  だが、エミリアは諦めていなかった。家族を───両親とルギア(義理の妹)を守るため、ひとり勇者に立ち向かう!  死霊と共に、文字通り死力を尽くして戦い、その壮絶な戦いの先───……()のものが、ついに敵として眼前に立ち────エミリアを討たんとして現れたのだ。
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