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「へぇ。コイツが魔族───最強の死霊術士って奴か? ボロボロのローブを着てるからよくわからんけど、……どんな奴かと思えば、ちっこいな~」  軽口を叩きつつ、勇者は二刀を構えて見せた。  エミリアの見た目の(はかな)さから、明らかに油断しているらしい。  確かに、エミリアは身を隠すためにボロボロのローブ姿を纏っている。  しかも、体格は決して良いとは言えない。  だが、そんな勇者達とは裏腹に、エミリアは全く油断せず、多数の死体と死霊を配下にして勇者たちを取り囲んでいた。 「お前が勇者か……。我らが天敵───勇者シュウジだな!」 「おお?……この声は女?!───のガキか!?……あーえっと、こういう時はアレか──────如何(いか)にも! 俺こそが、」  ふッ、馬鹿め……。  誰が口上など聞くか!  精々油断していろッ!!  勇者は………………ここで仕留めるッ!  ───愛すべき人々のために! 「いけッ! 愛しき、我がアンデッドたちよ──!」 「──ちょ、まだ喋ってる途中だろうが!」  黙れ、クソガキ!  そして、無様に死ねッ!!  エミリアの誇りたる死霊術。  その背中の刺青が魔力を帯びて、薄っすらと輝く。  これこそ、死霊術の真髄!  そして、魔族と家族を守る剣────。  我が誇りたる背中の刺青を隠す?───言語道断ッ!  コイツらの目に焼き付けてくれる。 「我が誇りとともに───勇者! お前を打ち倒してみせんッ!」  バサァ──とローブを剥ぎ、隠していた全身を勇者たちの前に現したエミリア。 「うぉ! だ、だだだ、ダークエルフじゃん! す、すすす、スゲーレアな奴?!」 「────語るに及ばずッ!」  死霊を纏い、死霊を呼びだしたエミリアは、勇者シュウジとその仲間たちに対峙する。 「滅びろッ、人類!───かかれぇッ」  エミリアの指示を受け、ドロドロドロと粘質に歩く死者の群れ───。 「おー。ゾンビじゃん!! はは……。こりゃあ、凄いな──ネクロマンサーって奴か」 「────黙れッ。お前に殺された魔族たちの恨みと共にあれッ!……私はお前を討つ──討たねばならないんだッ!」  エミリアを称賛する勇者シュウジ。  一方で、数多の魔族の仇として、勇者を討たんとするエミリア。 (……コイツらに。……帝国に殺された魔族の魂が、霊が、死者が、彼らが私に呼びかける。──────応報せよ、)  応報せよ。  応報せよ。  応報せよッ! 「────応報せよ、と!……そして、報いを受けろッッ! 帝国軍! そして、勇者ぁぁぁあ!!」 「へへ……。いいねいいね! よ~やく面白くなってきやがった───いくぞ、皆ッ!」  仲間に呼びかけ、聖剣と神剣の二刀を構えた勇者シュウジ。  そこに、無数の死霊で立ち向かうエミリア!  ───両者、一触即発!!  だが、聖なる剣によって死霊が震える。  そして、神の力を誇る剣によって死霊が怯える。  死霊術が(おのの)いているのだ───勇者の威光にッ!  ………………でも、エミリアは退かない。  一歩たりとも、退かないッ!  彼女の背後には、魔族たちの命運と家族の暮らす里があるのだ。  断じて退くわけにはいかないッ! 「いけッ! 愛しきアンデッド────!」 『『『ろぉぉぉぉぉおぉぉおおおお!』』』  死者たちの咆哮ッ! 「ははっ! 上等だぜ、黒いエルフちゃんよぉぉおお!!」  ───うらぁぁぁああああ!!!  二刀をもって竜巻の如く駆け抜ける勇者。  そして、津波の如く死者の群れを操るエミリア。  ───両者激突ッ!  エミリアの死霊術が真っ向から勇者たちを襲う。  だが───その激戦はあっという間に終わる。  そして、戦場は過ぎ去る!  なにせ、エミリアは最強───。  そして、()の勇者の仲間は軟弱なる人類で、ただの雑魚だ!  だから、全て叩き伏せてみせた。  そうとも。  ……一瞬のうちに、な!! 『『『ろぉぉおおおあ!!!』』』  帝国の賢者は、力なく倒れ、 「ぐ……! こ、これが死霊術?!」  森エルフの神官長は、憎々し気に顔を歪める、 「う、薄汚いダークエルフめ! 禁忌の死霊術士めッ! か、かならずや……」  ドワーフの騎士は、砕けた武器を前に絶望し、 「だ、ダークエルフめが! いつか、我が斧の錆にしてくれるわッ」  (たお)れた勇者パーティなど目にもくれず、エミリアはついに勇者と一騎打ちとなる。 「……あとはお前だけだッ!───来いッ、怨敵よ!!」 「はッ。やるねー……ダークエルフちゃん」  仲間の敗北にも気を取られる事無く、ダンッ! と一気に踏み込む勇者。  その剣の鋭さといったら!! 「───クッ!」  躱すのが精一杯だ!  反撃なんて…………!  だが、魔力は十分ある────。  まだだ。まだ、戦えるッッ! 「死者たちよ────来てッ」  うぎぎぎぎぎぎぎぎ……。  地中からせり出したアビスゲートから、次々に沸きだすスケルトンたち。  Lvが高い死霊ではないものの、スケルトンは数がやたらと多く。そして、忠実だ。  それらが盾となり勇者の剣を防いでいく。 「はっはー!! お化け屋敷か、こりゃ?」  エミリアは苦戦に喘ぎながらも、勇者の連撃を次々とスケルトンたちを召喚して防ぐ。 「──守ったら負けるッ。……悪霊よッ!」  ずもももももも……。  ドロリと濁り、重い雲の塊のような悪霊。  中心に浮かぶ不定形な骸骨が「ゲタゲタ」と笑いシュウジに取り付く。  これでどうだ!!  悪霊が、物理防御で防げるものか!!    このまま、一気に仕留めるッッ!! 「いけ───我が愛しきアンデッドよ!!」  ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!  ますます勇者の魂を吸引する悪霊。  その、ゾッとする笑い声に空気が震える。  そこに、さらにダメ押しとばかりに帝国兵の死体に『雑霊』を取り付かせて操り、勇者の背後から襲わせる────! 「いけッ!!」 「ははははは! 気に入ったぜ、ダークエルフちゃん!」 (くそ……! なんて奴だ)  それでも余裕を崩さない勇者。  それどころか、ますます高速に、攻撃的に、残虐にぃぃい!! 「貧弱、貧弱ぅぅう!」  エミリアの死霊術を、ことごとく祓って見せる勇者。  間違いなく、強者だ!! 『ろぉぉぉぉぉおおお……!!』  滅びの絶叫をあげ、悪霊が霧散していく。  物理攻撃の効かない霊でさえも、奴の聖剣の前には破れた。  だが、ダメ押しの一手がある!  いけ!! 哀れな帝国兵ども!  勇者、お前は仲間の手にかかって死ねッ! 『『『がああああ!!!』』』  物量攻撃とばかりに、帝国兵の死体を襲わせるも、 「───はっ、ゾンビごときにやられる勇者がいるかよぉぉおお!!」  ───うらぁぁぁぁああ!!!  元は仲間だったはずの帝国兵。  だが、一切の躊躇なく切り伏せる勇者。 (……つ、強いッ!)  とんでもなく強い───!! 「ははっ。もう終わりか?」 「く───!」  どうすれば斃れる!  どうすればアイツに届く───!  エミリアの死霊たちは、どれもこれも……届かないッ!  奴に防がれるッ! 倒されるッ! 砕かれるッ!!  ───こ、これが勇者!? 「……ま、まだだ!」  まだ、私は諦めていない────。 「いけッ!! 私のアンデッドたち!!」  アビスゲート召喚!  私のアンデッドよ──────!! アンデッド Lv5:リッチ スキル:高位魔法、スケルトン使役、再生 ヘルプ:高位魔法を操るスケルトンの魔術師     破壊衝動と生者への憎しみしかない  ギィィィイ……。  アビスゲートから、ゲタゲタゲタゲタゲタ──と悪霊たちの笑い声が響き、無数の霊魂とともに、リッチが複数体召喚された。 『『『ぎぎぎぎぎぎぎぎ!』』』  リッチの高速詠唱!  死者の大魔術師───!  ドカンドカンと、リッチの高位魔法が次々に炸裂。  何発もの魔法が勇者を押し包んでいく。  だが、 「はははッ! 雑魚なんてのはな。───何体いても、雑魚なんだよッ!」  聖剣の一振りで魔法を打ち消し、神剣によって次々に薙ぎ払われていくリッチ───。 (く、やはり通じない、か……────!)  だけど、な。  舐めるなよ、勇者──────!! 「……本命はコッチだ────!!」  ジャリィィン──……!  エミリアはここで初めて剣を抜いた。  軍から下賜(かし)されたオリハルコンの大剣。  凄まじく重く、そして硬い。  だが、ダークエルフ族はドワーフに次ぐ筋力を誇る一族。  エミリアとて、見た目に反してすさまじい膂力を持つ。  ───だから、こいつが振れるんだッ!!  エミリアがここまで剣を抜かなかったのは僅かな勝ち目を見出していたから。  死霊術一辺倒と見せかけて油断を誘い、エミリアは自らの一撃に賭けていたのだ。  リッチを薙ぎ払い、高笑いする勇者シュウジ────。  その骨の破片の先に無防備な首が見えた。 「覚悟──────」  リッチの残骸を隠れ蓑にして、一気に肉薄したエミリア。  おおおおおおおおおおおおお!! 「その首、貰──」───った!!    ───ガキィィィイイインン……!!  よし!!───通っ…………………って、ない?! 「──ほらはっへ(貰ったって)ほほっははろ(思っただろ)?」    こ、コイツ────。  口で?!  ガキン……ギチギチッ、と歯でエミリアの剣を止めて見せた勇者。  エミリアが渾身の力を籠めて繰り出したそれを、まさか口で止めるなんて……。 (ぐぐ……。び、ビクともしないッ)  そのうちにリッチは殲滅され、手の空いた勇者はエミリアを見るとニィ…と口を歪めた────。 「ぺ……。中々強かったぜ。ダークエルフ、ちゃん!!」  ゴスッッ──!! 「──コヒュウッ!」  エミリアの口から呼気が強制的に排出され、無酸素状態になる。 (い、息が…………)  メリメリと突き刺さる勇者の拳。  そいつがエミリアの腹を穿ち、一撃の元に沈めんとしていた。 「ま、」  負けるものか……────。 「へへ……。異世界っつったらエルフだけど、ははッ!! ダークエルフは初めてだぜ」  ニヤリと笑う醜悪な面。  実際は端正な顔つきだと言うのに、エミリアにはその顔が悪魔のように見えた───。 「転生転移、神様にマジ感謝。──チート能力最っ高ッッ!」  勇者の言っている言葉の意味は分からなかったが、奴がエミリアの頭に手を(かざ)すのだけは薄れゆく意識の中で見えた。 「は、離せ───!!」  顎を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる。  下卑た視線を至近距離で感じ、怖気が振るうエミリア。 「へぇ。……結構可愛いじゃん」  ぞわッ!!  勇者の気配に、タダならぬものを感じて悪寒が走る。  戦場で、女が捕虜になると言う事───。 「げ、下種めッ!」    ペッと、顔に唾を掛けてやるのが関の山。  もはや、エミリアはまな板の上の魚と同じだ。  だが勇者はその唾をペロリと舐めとると、 「いいね、いいね。その反抗的な目つき───」  グググと無理やり顔を近づけられると、 「ふむふむ……。目の色、濁った赤───0点。目の下の隈、-10点。髪色、灰色0点。貧相な体-50点。……ダークエルフ、+200点ってとこかな。ひゃはははは!」  散々と容姿を詰られるエミリア。  こんな状況だと言うのに、羞恥ゆえ顔にサッと朱が走る。  腐臭を放つ死者と共に生き、戯れるエミリア。  しかも、魔族領の栄養状態は劣悪……。  それゆえ、不健康な顔つきと体は、人類側にいる同年代と比較しても見劣りするのだろう。  いくら戦士として、死霊術として生き、女であることを忘れていたエミリアでも、美しい青年に容姿を(なじ)られて、いい気なわけがない───。  しかも、これから虜囚にしようと言うのだ。  散々殺し、散々倒してきた帝国兵どもに囚われるということ──────……。  それを想像しただけでゾッとした。 「くッ───殺せ……!」  生きて、虜囚の辱めを受けるくらいなら……! 「ブハッ!! ホントに言ったよ『くっころ』だぜ『クッ殺』!!」  ぎゃははははははははははは!!  エミリアを釣り上げたまま大笑いする勇者。    こ、  こんな醜悪な人間がいるのかと思うほどに、エミリアは嫌悪感で震えだし、全身から力が抜け落ちていく。 「ごーかく、合格! 今ので1000点あげちゃうぞ、ダークエルフちゃん」  スッと、手を翳す勇者。  何をされるのかと思い、身を固くするエミリア。 「チートっ、つったらコレだよな───」  勇者の手がエミリアの顔に触れ──……。  そして、何か温かい感情が、勇者の手を介してエミリアの中に────……。  あぁ…………。  や、止めろッ!!  あ、  ───あぁぁぁぁぁぁ……!  みるみるうちに『魅了』されていくエミリア。  ()のものの美しさと、所作と、優しさと、強さと、その存在の全てが愛しくなり──────。  ゆ、 「……勇者、………………さま────」  彼を愛しいと思う感情に溢れる心。  そして、あれほどあった敵意が霧散していく。  ───あぁ……私の勇者さ、ま。  無意識に、勇者に手を伸ばすエミリア。  愛しい彼に触れ───熱を感じていたいと……。  勇者。  私の愛しい勇者──────……。  ドサリ……!  自らの身体が地面に投げ出された音を聞いたのを最後に、エミリアの意識は闇に落ちていった。
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