#3

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「───勇者さ、ま」  冷たい大地に横たわるエミリアは勇者に手を伸ばし、意識を手放した。 「愛しているよ。黒いエルフちゃん──(くくく。チョロいな~……。ダークエルフ、ゲットー!)」  彼のものの心の中など露知らず───。  闇に沈む意識の中、エミリアは満たされていた。  否、満たされてしまった。  ───勇者様が求めてくれる。  ───必要だと言ってくれる。  美しい……と。  君の様な女性を待っていたと──……。 (あぁ……。勇者様。勇者、私の勇者さまッ───)  抗う意識は途切れ。  闇の中で勇者の抱擁を受け入れ、()のものに抱かれ、そして抱きしめかえすエミリア。  ……今まで、女としてまともに扱われなかった境遇ゆえ、エミリアは勇者の『魅了』の力───そして、「愛している」という、偽りの感情と言葉であっさりと落ちてしまった。  あれほど激しく戦っていちにも関わらず、簡単に虜囚となり、勇者の仲間(愛人)となることを、あっさり受け入れたエミリア。  たった数日前まで、鬼神の如く戦っていたあのエミリアが、だ。  死霊を語り、  英霊を敬い、  悪霊を愛でたエミリア────。  そして、今日から勇者を愛するダークエルフの愛人(ペット)として……。  低い声で笑い続ける勇者と、魅了されたエミリアはその日の夜には結ばれた。  何の疑問もなく、純潔を捧げ、勇者の愛を受け入れた────。  おめでとう、エミリア。君は今日から勇者パーティ(裏切り者)だ。  ※ ※  エミリアが勇者の手に堕ちて間もなく、帝国と魔族との戦いは終盤局面に差し掛かっていた。  勇者を先頭にし、必死に防戦する魔族たちを蹂躙していく帝国軍。  城塞は落ち、  砦は焼け、  陣地は奪われる。  残すところ僅かな土地と、最後の拠点となった古い魔族の城のみ。  だが、ここで再び戦線は膠着していた。  短期決戦を考えていた帝国軍は、補給力が弱い。  しかも、魔族の地では現地徴発も容易ではない。  元より生産力の低い土地ゆえ、補給線の伸び切った帝国軍は困窮していた。  日々貧しくなる食事に腹を立てている勇者たち。  帝国軍の兵よりも、相当に優遇されているとは言え、豪華絢爛というわけにはいかない。  勇者とて、人間。  飯も食えばクソもする。  そして、女も抱く。  膠着した戦線の陣地では、魅了されたエミリアが勇者の愛人として過ごしていた。  ありとあらゆる行為を強要されても文句ひとつ言うことなく勇者に抱かれるエミリア。  あれ程、帝国軍と激しく戦っていたダークエルフの少女が淫らな言葉を吐かされ、散々弄ばれているのだ。  それでも一言半句の文句も言わず、快楽に溺れ、トロンと溶けた目は勇者の性行為の果てに、喜びの嬌声をあげて、まるで犬のように媚びて抱かれる。  それを毎日毎日───。  毎日、毎日、毎日、毎日……。  日々の苛立ちやら、勇者の言うところの転生後のホームシックなどの苛立ちをベッドの上でぶつけられても、ただただ嬌声をあげるだけ。  それでも、魅了されているエミリアはそれを愛であると妄執し、一切の不満を言わない。  エミリアの仕事は、勇者のペット。  魔族が毎日毎日追い詰められ、滅亡寸前になっていても気付かず、ひたすら性を注がれるだけの日々。  そもそも、勇者パーティの一員とはいえ、エミリアには勇者の床の相手をするくらいしか仕事がなかった。  勇者パーティになったとはいえ、元々は敵味方の間柄。  同族を討つことだけはできなかった。  その代わりに、体を差し出すのだ。  もちろんエミリアの望むことでもある。  愛する勇者。  エミリアだけの勇者───。    エミリアの主な仕事は、主に後方要員として、  そして、勇者シュウジの臥所(ふしど)の相手として、勇者パーティに貢献しているのだ。  ───そう思い込む。  ……信じられないくらい淫らな格好をして勇者の相手をするエミリア。  これが、あの最強の戦士だったとは誰が知るだろう。  犬のように首輪を付けられ、四つん這いで歩かされて陣営の視察の供をする姿。  帝国兵の前で抱かれて、そこに裸のまま放り込まれ弄ばれることもあった。  そんなエミリアを見て良い顔をしないのは森エルフの神官長サティラに、ドワーフの騎士グスタフくらいだろうか。  そして、あとは帝国兵の男ども。  戦線が膠着し始めてから帝国軍の苛立ちを度々ぶつけられることが増えてきた。  死霊術士エミリアは、帝国軍にとって悪夢のような敵だったのだから、そう簡単に許せるわけはないと───。  最初からエミリアに対しては、敵意剥き出しの帝国軍ではあったが、今のところ勇者の愛人であるということで、目こぼしをされていた。  だが、  蔑む視線。  好色染みた視線。   明らかに敵意を持った視線────。  元は魔王軍死霊術士────……最強のダークエルフ、エミリア・ルイジアナ。  殺しも殺したり────。  散々、侵略者である帝国軍を薙ぎ払っていたのだから、相当に恨みも買っていよう。  エミリアからすれば、侵略者どもの(いわ)れなき怒りではあるが、立場が違えば考え方も違う。  今は、勇者パーティの一員だから生かされているだけ。  その庇護から外れれば、エミリアを貪りつくそうと喜んで帝国兵が群がってくるだろう。  その視線に辟易としながらも、勇者パーティと共に行く。 (───変わらないのは、勇者様への愛だけね…………)  そんな時だ。  膠着した戦線を覆しかねない状況が発生した。  敗北が濃厚となった魔族側からエミリアに、向けて一通の書状が届いたのだ。  ───内容は、戦闘に敗れ虜囚となったエミリアを咎めるものではなく、無事を喜ぶもの。  そして、あわよくば和平交渉の席を作ってほしいというものだった。 (そうか……。魔族の皆も苦しいんだ)  書状を仕舞い、数日間悩み続けるエミリア。  追い詰められた魔族のことをようやく思い出した……。  もう後がないという事を聞いて胸が痛んだ。それは、決して楽な状況ではないのだろう。  滅亡間近。  ───そのために、どれほど譲歩しても講和したいという。 「……その和平のための使者を────」  私が……? 「どうしたんだ、エミリア?」  書状を受け取って数日後のこと。  いつも通りの、激しい行為を強要されたあと、エミリアは疲れきっていた。  小さな身体に受けるのは、倒錯しきった性行為。なかば、拷問同然のそれに見も心もボロボロになってしまった。  エミリアは、あまりの激しさと快楽の渦に、何度も意識が飛びそうになっていた。  それでも、耐えて勇者を満足させたエミリアは、疲労と快楽の果てに余りポツリと零してしまったのだ。 「い、いえ……。その───」 「───何か心配ごとか?」  しかし、それ以上に憂いを見せるエミリアの顔を訝しく思った勇者が、不思議そうに尋ねてくる。  一瞬、書状について話すべきかどうか迷っていたエミリアであったが、優しく見つめてくる勇者様を信じた。   「あ、あの……勇者さま、これを────」  書状を差し出すと、 「ん~──なになに?」  ふむふむと、頷きつつ文面に目を走らせる勇者。 「───要約すると、講和したいってことか?」 「は、はい……。魔族の皆が話し合おうと──平和な世界が欲しい、と」  こんなことを言って勇者様を失望させたらどうしよう。  勇者様は魔族を討ち、平和な世界を作ると豪語しているのに……。  でも、魔族の誰にも死んでほしくない。  そして、愛する勇者様にも戦ってほしくない。  悩むエミリアを抱き寄せた勇者は、彼女を掻き抱きつつ優しく語り掛けた。 「ふ~ん……。講和、か。いいかもしんないね──」  とくに思案する様子もなく、エミリアの言葉に乗っかる勇者。 「え!?───は、はい!! きっと……。きっと、うまくいきます! 誰も争わない、平和な世界が訪れますッ!」  勇者を妄信しているエミリアは、彼を説得にかかる。  いかに魔族が慈悲深く、懐の厚い人々であるか。  いかにダークエルフの里が優しく、美しい里であるか。  家族の温かさ、優しい義妹。  そして、いかに魔族は平和を望む種族であるか────。  エミリアはたどたどしくも、懸命に説く。 「わかった、わかった。エミリアがそうまで言うなら、俺も信用しようか」  ニコリと、優し気な笑みを浮かべた勇者。  その慈悲に触れ、感涙してしまいそうだ。 「ありがとうございます! きっと……きっと!」  きっと平和が訪れる。  人も魔族も争わなくていい未来が来る────。  そう、思っていたのに……。  バァン!! 「魔族の幹部──アンデッドマスターのエミリア!! 貴様をスパイ容疑で逮捕するッッ!」 「────なッ?」
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