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#4
「は、離せッ! 何の真似だ──!!」
抵抗するエミリアに、帝国軍は容赦なく刃を向けてくる。
勇者の愛人で、彼の者のパーティメンバーのエミリアにだ!
「わ、私は勇者様の仲間だぞ──それを、」
「うるさいッ。その勇者殿の命令だ! 神妙にせいッ」
……………………え?
い、今なんて────。
いそいそと下穿きを履きつつ、尻を掻く勇者。
エミリアが裸のまま拘束されそうになっているのに、何の興味持っていない。
「しゅ……シュウジ?」
そして、エミリアの戸惑ったような声にも全く耳を貸すこともなく、面倒くさそうにシッシと追い払った。
「えぇい。さっさと捕らえい!!」
勇者の態度をみて、呆けてしまったのがいけなかったらしい。
隙だらけのエミリア目掛けて、強打を放つ帝国兵。
「おら! クソ魔族がぁぁあ!」
「ぐぁッ!」
無防備なまま手痛い一撃を受けてしまい、崩れ落ちるエミリア。
薄れ行く意識のなか。せせら笑う勇者の顔が映った───。
(……な、なんで?)
───どうして?
どうして、なにも言ってくれないの?!
「けけっ、見た目どおりチビで軽いぜ」
「ひゃはは! 早くお楽しみといこうぜ」
下卑た声の帝国兵に引きずられ、
かなりの距離を、乱暴に連れ去られていくエミリア。
(どうして、シュウジ───今の今まで愛し合っていたのに…………)
ドサッ!!
「ぐ!?…………こ、ここは?」
引き摺られながらも、ボンヤリと霞みがかった意識が覚醒した時───。
乱雑に投げ捨てられたのは、すっかり変わり果てた魔族の古い城の中であった。
そう、魔族最後の拠点…………。
そこを無遠慮に、バタバタと足音も高く走り回る帝国兵たち。
「───本国から輜重隊を寄越せッ! 大至急だ! 勇者様たちの私物も忘れるなよ」
「処刑場はそこだ! 売り物と混合するなよ!」
「おい、向こうの塔を掃討しろ。まだ隠れてるやつらがいるかもしれん──!」
わーわーわー。
わー!!
騒がしいのは、城の前庭。
植生の乏しいこの地方ゆえ、庭は木々の類ではなく石畳と綺麗な苔で整えられていた。
そして、そこかしこで忙しそうに動き回る帝国軍の兵士達。
本来の主である魔族達は、あろうことか拘束され、順繰りに処刑されているではないか?!
(な、なにがあったの?! ど、どうして魔族の城にいるの私───? いえ……それよりも、魔族の最後の拠点が、な、なんで?! いつ陥落したの?!)
だ、だって──講和するはずじゃ……!?
そう言って書状を寄越してきて、まだ何日も経ってないはず──────。
困惑するエミリアの目には凄惨な光景が次々に飛び込んでくる。
勇者に囚われるまでにいた居場所……。
守るべき人々の居場所───……。
そこが──────。
「そ、そんな……?」
多少見目の良い者やら、サキュバスやダークエルフらは一塊にして拘束されている。
首には縄を打ち、不衛生な柵の中に閉じ込められるその姿───。
どう見ても家畜扱いだ。
「え、エミリア様?! ど、どうして?」
ズルズルと引き摺られてきたエミリア。
その姿に気付いたのは、拘束されている魔族の兵士。
そして、何人かが驚愕に目を見開く。
そりゃあ、戦闘中に行方不明になり、勇者パーティに寝返ったと噂されるエミリアがここにいるのだ。
───事情を知らない者は驚くだろう。
「へへ、そこで大人しくしてな!」
帝国兵が手早くエミリアに縄をうつ。
いつの間にか、がんじがらめに拘束されていたエミリアは、それに気付くと必死で抵抗し始めた。
「は、はなせ!! 勇者さまを! シュウジを呼んでぇぇえ!」
そこに、黙れとばかりに帝国兵が次々に暴行を加えていく。
「おらおらぁ!」
「いい気になってんじゃねーぞ!」
「たかがペットのくせに、生意気な口を聞くな!」
遠慮のない一撃一撃がエミリアを傷つけていく。
「ぐ! き、貴様らぁ! ゆ、勇者さまがこれを知れば───」
「よう、エミリア」
帝国兵をキッと睨み付けるエミリアの目の前に、勇者が現れた。
その姿に、救われたような思いを感じたのも束の間。
「シュウジ……勇者さま────! こ、こいつらが私を!!」
「おい、雑魚兵士ども───ダークエルフのガキを拘束するのに、いつまでかかってんだ!」
カィン! と帝国兵の兜を小突き嘲笑する勇者。
どう見ても、エミリアを拘束したことに対する叱責ではない。
「ゆう、しゃ───さま?」
「はっはー! 悪いなぁ、エミリア───こういうことだから、さ!!」
ゴスッ!!
言い切るや否や、猛烈に振りかぶった拳をエミリアの腹に突き落とす勇者。
「───ごひゅう!!」
手加減なしの一撃がエミリアを吹き飛ばす!
クルクルと舞うエミリアを見てゲラゲラ笑う勇者パーティと帝国兵たち。
そして、落下してきた彼女に勇者とパーティがよって集って暴行を加えていく。
「ぎゃはははは!」
「一回半殺しにしてやりたかったんだよ!」
「殴れ殴れぇ!!」
ぎゃーはっはっはっ!!
暴行、暴行、暴行!!
何十もの男達と、勇者パーティがエミリアを滅茶苦茶に痛めつける。
「女子供になんと酷い───なーんてね!」
「ほらぁ、どうしたのよエミリアぁ?!」
「反撃してみろよ! ゲハハハハ!」
彼ら、ロベルトも、サティラも、グスタフもよってたかってエミリアに暴行を加えていく。
顔を中心に、腹、下腹部、心臓と、およそ女性に与えるべきではない暴行の数々!
「うぐぇぇえ……! げふ、勇者、ぐ、様───?」
あまりに激痛に、グチャグチャになった視界。
顔面は腫れ上がり、瞼がふさがりそうだ。
「うわッ。エミリア───お前ブッサイクだなー。こりゃ、二目と見れねぇわ」
ニヤニヤ笑いながら、エミリアの顔を小馬鹿にする勇者。
自分達で殴っておいてその言い草。
それでも、エミリアは勇者を愛しているので、その言葉に反射的に赤面してしまう。
こんな顔じゃ、勇者様に嫌われてしまうと────。
いや、──────そうじゃない!
こんな時まで、私は何を考えているッッ。
「ど、どうしてこんなことを?! 和平交渉をするはずじゃ!?」
いつの間にか占領された魔族最後の拠点の有り様を見てエミリアは勇者を糾弾した。
魅力されたはずの、彼女なりの精一杯の抵抗───。
「はッ。ベッドの上でお前が勝手に囀ってただけだろうが。追い詰められてからの和平なんて結べると思ってんのかよ。バーカ」
楽しそうな勇者たち。
それを唖然と見るのは、エミリアただ一人───。
「ここまで来りゃ、アホでもわかるだろ? 魔族ミナゴロシは決定事項なんだよ。悪いな、エミリア───」
というわけで、だ。
「エミリア───……。お前も当然、あっち側だ」
グイッ! とエミリアの髪を掴むと、彼女髪をブチブチと引き抜きながら無理やり顔を向けさせる。
あっちって────……。
あっちって……。
───あっちのこと?!
エミリアの視線の先にある「あっち側」……。
まるで作業の様に、淡々と殺されていく魔族達。
彼らは、拘束され身動きができない中、断頭台に乗せられ斧で───ドンッ、ドンッと、次々に切り離されていく。
それが、あっち側────人間たちと魔族たち。
そして、エミリアは────あっち側だという……。
「───そ、そんな……。ど、どうして?」
「あーまー。なんつーかよ、帝国がさー。───お前だけは許せんってな。俺はお前のこと嫌いじゃないし、結構気に入ってたんだぜ? 本当さ。…………だけど、しゃーないわな」
勇者はそれだけ言うと肩をすくめる。
まるで、お気に入りのパンが売り切れでした───くらいの軽い気持ち……。
そ、そんな……。
そんな事って───……。
「わ、私を愛してるって、」
愛してるって、言ってくれたじゃないか?
───あ、あんなに、愛し合ったじゃないか?!
犬のように媚びたよ?
どんなに激しい事をされても、私は上手く応えたよ?
あんなことまでされたのに?!
───ねぇ!!
アナタの出したものなら、何でも食べたよ。あんな、酷い───汚物だって!
───ねぇ!!
それにあんなことも……!!
大勢の男に廻されても、アナタが喜んでくれるならって───……!!
この小さな身体で耐えていたんだよ?!
ねぇぇえええ!!
答えてよッ!!!
「ど、どうして私まで! 私はアナタの恋人なんじゃ───」
「はッ! 恋人だぁ?! バーカ、お前はタダのペットだよ───だから、諦めろよ。それともなんだ?……元お仲間の魔族が死に絶える中、自分だけ助かろうってのか?」
ち、違うッ!
違う!!
違う、違う、違う!!
違うッッッッ!!
「───断じて違うッ!!」
「……なら、大人しく死ねよ?」
──────ッ!
勇者に尽くし、愛し、純潔を捧げても、あらゆる行為を強要され、凌辱されつくしても、なお!!
なお───魔族として死ねという。
しかも、この様子だと────……。
「───くくく……。エミリアよぉ。本当は、最後までお前を手放さないつもりもあったんだぜ? いくら帝国がギャーギャー言おうともなッ」
じゃ、じゃあなんで!?
「さぁな? お前の知ってる誰かが言ったんだよ。エミリアは一番最後に───苦しめてから殺せってな」
そ、そんな!!??
だ、誰が──────??
一体、誰が──────?!
「はは。エミリア───探偵ごっこしてる場合じゃないぜ。見ろよ」
淡々と処刑されていく、魔族の兵士達───。
その彼らの目を見たエミリア。
「ひッ!」
濁った暗い瞳……。
裏切り者。
裏切り者。
裏切り者……!
彼らとて知っているのだ。エミリアが勇者の愛人であったことを。
魔族が必死で戦っている中、勇者に飼いならされ嬌声をあげて、ただひたすら腰を振っていただけだと言う事を!!
だから、彼らは帝国軍に処刑されるまでの短い時間を、せめて───裏切り者のエミリアを呪う時間に費やしているのだ。
快楽に溺れたエミリアを、恨みの籠った目で睨む……。
身体から切り離された目ですら、エミリアを睨む。
抜け出た魂ですらエミリアを睨む。
生者も、死者も、エミリアを責める。
彷徨う魂が死霊術を通じてエミリアを苛む。
やめて。
やめて……。
やめて────!
「やめてぇぇぇえ!!」
私をそんな目で見ないで!!
そんな声で、罵らないで!!
わ、
わ……。
私は戦った……。
皆の、皆のために────!!
───たしかに勇者の愛人だ……。
それは間違いない!!
だって愛してしまったんだもの────!
「────それでも私は魔族を裏切ったりなんかしないッ!!」
エミリアの絶叫。
ただ……。
ただ、抵抗しただけ。
帝国の侵略に抵抗し、我武者羅に戦っただけだ。
そして、虜囚となり────勇者を愛しただけ。
そうだ。
戦い、戦い、戦い!
戦って、戦って、戦って……。
そして、愛を知っただけじゃないか──!
それの何が悪いッ?!
そ、それが、辱められたうえで、最後の最後まで同族が殺されるの見続けて、そのうえで苦しめて最後に殺されるほどのことだと言うの?!
な、なら、
「───ならば、いっそ今殺せぇぇぇええええ!!」
耐えられない。
耐えられないよ……!
裏切り者の誹りを受けて、皆に非難されながら、最後に殺されるなんて……。
「あーうるせ。……貧相な体。陰気でブサイク。その目の隈。髪の色。濁った瞳……。飽きてんだぜ、お前に───それにな。俺は『アホ』は嫌いなんだ。わかるだろ? 魔族は殺す……もう決定事項なんだ」
そ、そんな……。
──そんな事って!!
「良かったなエミリア。これで平和になるぜ? お前が望んだ和平なんかよりずっといい。……お前らが死ねば、平和になるんだ───」
黙れ……。
…………黙れ!
「だ、黙れ、勇者ぁぁあ!!」
私の愛しい勇者シュウジ!
───愛しくとも、黙れぇぇえ!!!
そうとも……。
そうとも……。
そう、だろうさ。
そうだろうとも、さ!
───そんなのって!!
そんな平和なんて……!!
お、
「───お前たちだけが平和なだけだろうがぁぁぁぁあああ!!」
シュウジぃぃぃぃぃいいいいいい!!!
愛している。
愛している!
愛しているよ、勇者シュウジぃぃいい!
───だけど!!!!
だけど、
「───私は、皆のことも愛しているんだぁぁぁああ!!」
ぶちぃぃい!!
「な!? 綱を破りやがった!!」
「ぐぁッ! け、剣が!?」
勇者パーティと帝国兵の拘束を振り払ったエミリアは、手直にいた帝国兵から剣を奪い勇者パーティに斬りかかる。
───シュゥゥウジぃぃい!!!
「ははッ。そう来ると思ったよ────」
全く動じない勇者……。
だけど、殺す───。
愛しているよ、
愛しているよ勇者シュウジ────。
愛しているから、殺させて───!!
「シュぅぅぅぅぅうウジぃぃい!!」
暴行をうけ全身ボロボロ。
だが、負傷を思わせない速度で駆け抜けるエミリア。
その剣がシュウジを貫かんとする。
「───効くわけねぇだろ。アホ」
バッキィィイン!!
「なッ?!」
「何回、ベッドの中で見たっつーんだよ。俺の鎧が、そして、俺がッ!───そこらの兵の剣で貫けるわけねぇだ、ろ!!」
ドスンッッ!!
「カヒュ────……」
肺から空気を奪う一撃。
エミリアは細い呼吸の元、うずくまり血反吐を垂らす。
「お、おぇぇぇええ……」
「あーあーあー……きったね~」
プラプラと手を振り、エミリアの血反吐を振り払うシュウジ。
「うぐ……」
勇者……。
勇者シュウジ────!
愛している。
愛している……!
愛しているけど、お前を殺す────!!
愛しているから、殺す──────!!
手から滑り落ちる長剣。
だが、エミリアにはまだ手がある。
そうとも、最強の攻撃手段がある!!!
彼女の本領は死霊術───。
そうとも、愛しき死霊が彼女の武器!!
(いくよ……。私の愛しのアンデッドたち。快楽に溺れた私を呪ってもいい──だけど、今は皆の力を貸して……!)
死霊術の入れ墨に魔力が通っていく。
アビスゲートを呼びだす気配を感じる。
依り代になる、虚ろな魂がこの場には唸るほど満ちている───。
そこに勇者が迫る。
ニヤニヤと笑いながら、エミリアを見下ろす。
「────可愛い、可愛いダークエルフのエミリアちゃん。……今まで、いい思いさせてくれたお前に、イイお知らせだ」
「ぐぅぅ……シュぅぅぅぅウジぃぃぃいいい!!」
今なら……。
今なら出来る。
この怨嗟に満ちた空間なら、死霊術の独壇場だ!
今なら────……。
勇者シュウジは油断しきっている。
そう、今なら!!!
うずくまり、意志の強い目で睨みあげてくるエミリアの視線を涼し気に受けると、
「───なあ、知ってるか?……処刑される奴はさ、」
くくくくくく……。
「処刑列の一番最後に並ぶためなら、親でも売り飛ばすらしいぞッ……ぎゃはははは!」
だ、だからなんだ?!
「それを、感謝しろって言うのかぁぁぁああ!?」
「そうだよ。感謝して欲しいね───……お前は、一番最後なんだぜ!! もしかして、途中で俺が心変わりしたり、奇跡でも起こって助かる可能性が、万に一つでもあるかもしれないからな」
ぎゃははははははははははははは!!
勇者に追笑するように、勇者パーティと帝国兵がゲラゲラ笑うのだ。
人とはここまで残酷になれるのかというほどに……。
ゲラゲラと、ゲラゲラと───。
帝国軍は、ここまで苦戦させられた鬱憤を晴らすかの如く───……。
勇者パーティは、間抜けなエミリアを小馬鹿にするために───……。
ふ───、
「ふざけるなぁぁぁああああ……!」
怒りと後悔とやるせなさの混じった声でエミリアが慟哭する───。
だが、それは勇者たちの笑いにかき消されていくのみ……。
「あ、そうそう!……今まで、いい思いさせてくれたお前に、もう1ついーお知らせだ」
何がいいお知らせだ……!
どうせロクなことじゃない。
ニィと笑ったその顔の美しさと醜悪なことといったら筆舌に尽くしがたい。
「───ははは。魔族が無様に殺されるのは、別にお前のせいじゃないぜ? 見ろよ」
無理やり横を向かせると、エミリアに見えるように人込みを捌けさせる。
ボロボロのエミリアは霞む視界の先に多数の人影を捉えた。
そこには──────。
エミリアと同じ褐色の肌。
長い笹耳───。
白銀の髪、
そして、よく見知った人々………………。
え?
あ、あれって───。
まさ、か……。
る、ルギ──────……!
「───そ、ダークエルフの里の皆さんだぜぇ」
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