月が笑ってる

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 笑い声が夜空に消えていく。  魔女に悪魔、ミイラにバンパイア。たくさんの偽物たちが練り歩く町は、いつにもまして賑やかだ。漫画やアニメのキャラクターに扮したものもいる。  人が隙間なく蠢く繁華街。その中を、かぼちゃが躍っている。  かぼちゃから下を黒いマントが覆い、伸びる手足はスーツに包まれ、手は白に覆われ、靴は黒く光っている。  楽しそうに踊り道を行くかぼちゃは陽気で、時折すれ違う人たちとハイタッチをしたりもしている。  かぼちゃは器用に、誰ともぶつからずにふらふらと踊り歩いていく。  目的がない足取り。だけどぴたりと、ある場所で止まった。  ガードレールに座る、つまらなそうな女性の前。  頭に白い三角の布をつけた、白い和服姿のその人は、かぼちゃをちらりと見て、またすぐ視線を落とした。  かぼちゃは何のためらいもなくその横に座る。 「元気がないね」 「ほっといて」 「僕の顔でも食べてみる?」 「美味しいわけないじゃん」 「美味しいかどうかの話はしてないよ」 「ムカつく」 「何かあったの?」 「別に何も。皆に合わせて浮かれてみたけど、性に合わないことするもんじゃないって反省してるの」 「友達と来たんだ」 「皆どっか行っちゃったけどね」 「どうして来たの?」 「別に。少しは退屈も紛れるかなって」 「退屈?」 「そ。退屈なの。私」 「ふーん。じゃあ君もどっか行っちゃおうよ」 「誰と?」 「僕と?」 「私なんかナンパしてどうすんのさ」 「うーん? 一緒に踊る?」 「なにそれ」  女性は自分でも気づかぬうちに、口元に笑みを浮かべている。  かぼちゃは立ち上がると、くるくる回ってから、大仰なしぐさで手を差し出した。 「きっと楽しいよ」 「私踊れないし」 「僕も踊れないよ」 「はあ?」 「空を見てごらんよ。月が笑ってるよ。月も笑ってるから、誰も気にしないよ」 「わけわかんないし」 「頭の中をくりぬかれたから、まともじゃないんだ、僕は」 「そうみたいね」 「僕と踊ろうマドモアゼル。退屈を忘れられるかも」  女性はじっとかぼちゃを見つめる。目と口の形にくりぬかれた向こう側は、暗くてよく見えない。  首を傾げると、かぼちゃがずれる。慌てて直す姿に、思わず息を漏らして笑った。 「こんな格好だし、上手く踊れないかもよ」 「肝心なのは、上手いかどうかではないよ」 「じゃあ何が肝心なの?」 「さあ? 踊って確かめてみよう」  改めて、かぼちゃが手を差し出す。 「いいわ。一度だけね」  女性は笑って、その手を取り立ち上がった。  かぼちゃは女性を抱き寄せ、その場でくるりと一回転。「きゃっ」と小さくかわいらしい悲鳴を上げた女性を気遣うことなく、かぼちゃそのまま人波の中へと入っていく。  踊れるはず混雑の中を、くるりくるりとでたらめに踊って進んでいく。  それを見た数人も、近くの人と手を取り合い、踊っていく。  いつしか町の一角はダンスホールのようになり、何処かから音楽まで流れ始めた。  その中心に自分がいることなんて女性は知りもせず、ただ煌びやかな景色がどんどん過ぎていくのを、混雑の中で不思議と誰にも当たらずに動いているのを、次第に楽しみ始めていた。  顔をのけ反って笑うと、大きな月も笑っているように見えた。  かぼちゃと同じ顔をして。  数分踊り、元の場所に戻ると、女性の頭の白い布は何処かに行ってしまい、額にはうっすらと汗がにじんでいた。  さっきと同じようにガードレールに並んで座る。  さっきより少しだけ、距離を縮めて。 「あーあ。楽しんじゃった」 「それは良かった」 「ありがとう、かぼちゃさん」 「いえいえ。僕も楽しかった。ありがとう」  女性は月を見上げた。  さっき見た時よりも小さく感じて、笑ってもいなかった。 「あ、いた! 純子!」  声の方を向くと、警察官の格好をした女性が手を振って近づいてきた。 「茉希」 「やあごめんごめん! 話が盛り上がっちゃって、あと充電切れちゃって」 「別に良いよ。私も少し楽しかったし」 「お。誰か良い人いた?」 「良い人って言うか、こんなかぼちゃだけど」 「わあ、おっきなかぼちゃ。どこにあったの?」 「え?」  女性、純子が振り向くと、そこにはさっきまで一緒に踊っていたかぼちゃが地面に置いてあった。その下敷きになっているのは、あの黒いマント。ちらりと白い手袋も見え、マントの一部分が、靴のような形で盛り上がっている。  何が起こったか理解できず、純子は固まった。 「純子? どうしたの?」 「え? あ、えっと、なんでも、ないかな」 「そう? なんか顔色悪いね。疲れちゃった? 皆に連絡入れて帰ろうか」 「うん、そうだね、そうしたいかも」 「わかった。じゃあごめん、連絡入れてもらっていい?」 「うん」  メッセージを入れながら、純子は自分の心がよくわからないでいた。  かぼちゃ頭と踊った感触も、話した内容も、純子は覚えている。だけど、まるで中身だけ消えたみたいにいなくなった。音もなく。誰に気づかれることなく。  メッセージを打ち終わり、純子は茉希に連れられて、人波を泳いでいく。  心臓の音が、喧騒を遠ざけている。  それなのに、妙に鮮明に、月、という言葉だけが耳に入った。  視線が、吸い込まれるように空へと向いて、純子は立ち止まってしまう。  月が笑って純子を見ていた。               了
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!