第二章

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第二章

 家に戻っても九郎は蛇のまま、ずっと巻きついてる。  今さらといえば、大蛇を巻きつけたまま歩いてるあたしも怪力なんじゃないかって? それは違う。九郎はあたしに負担かけないようにと神通力で浮いてるんだ。だから重いと感じたことはない。  そうでなくともあたしも先祖の力をだいぶコントロールできるようになってるんで、浮かせる方法はあるけどね。 「ねえ九郎、巧お姉ちゃんて前世で上弦さんと夫婦だと思ってたんだけど違ったの?」  膝に頭のっけた九郎は片目を開けて答えた。 「白河巧のほうは状況が婚姻成立と分かってたが、上弦はさっぱりだったようだ」 「上弦さんにしてみれば、力封じられちゃったせいでいなきゃならなかったんだもんね」 「そこが違うんだよ。白河巧は職人であって、術者じゃない。まして高度な封印なんて無理なんだ。素人の火事場の馬鹿力であって、せいぜい弱体化がいいところ。術者から物理的に一定距離以上離れられなくなる封印術もあるがそんな高度なのじゃないし、元が強いから弱ったといってもそこらの妖よりはるかに強いぞ」 「つまり上弦さんは離れようと思えば離れられたってこと?」  九郎はうなずいた。 「上弦は封じられた力を取り戻すために近くに居続けたって言ってるが、あのプライドの高いあいつが同居してたって時点で白河巧は特別な存在なんだよ。気づけって」  ほお。惚れてたのに自覚なかったのかぁ。  なかなかの鈍感さんだね。 「九郎、この件に関してはいつも機嫌悪くなるよね」 「そりゃそうだろ。上弦は敬愛がしつこいんだ、さっさと引き取ってほしい」 「しつこいって思ってたんだ」 「だってあいつ、昔は四六時中ついてきて、完全にストーカーだったんだぞ。ほっとくとずーっと賛美の言葉しゃべり倒してるし。重すぎてさすがに引く」  九郎もストーカーのケはあると思う。 「嫁同然の存在がいたって分かって、俺がどれだけ喜んだか。やっと引き取り手がと祝杯あげたいレベルだった。俺は東子に巻きついて静かにひっそり暮らしたいんだ、邪魔はいらん」  『静かにひっそり』と『巻きつく』って両立するのおかしいよね。 「なのに白河巧はあろうことかとんでもない誤解して、それを上弦にしゃべった」 「誤解? 何を?」 「上弦が東子を好きだって」  は?  まじまじと九郎を見る。 「何をどうしたらそうなるの。上弦さんのあたし嫌いは本気も本気よ?」  なにしろあたしは生まれてからずっと『邪心の監視人』として周囲に敵意や悪意を向けられ続けてた。そういったものには敏感だ。 「尊敬する九郎の嫁が人間で、自分が一番じゃなかったって嫉妬が原因の」 「そう。傍から見れば分かりすぎるほどなのにな。当事者だと目が曇るのか。白河巧の場合は今世の過去にも原因があるだろうが」  今世の過去。  ピンときた。 「まさか巧お姉ちゃんの元カレのこと言ってる? なんで知ってるの?」 「調べた」  さらっとえらいことを。  ああ、神様の神通力なら楽勝か。 「トラブルメーカーの上弦を受け入れられるなんてどんな人間かと思ってな。仏なんじゃないかと」 「ああ、そういうこと。……まぁ知ってるなら話は早いわ」  巧お姉ちゃんは苗字が違うんで加賀地家の血縁とは分からず、普通に過ごせてた。でも人ならざるものが見えるとか、そういう能力はあったわけで。 「高校の時好きだった人に気味悪がられたのが最初だったらしいの。心の傷になっちゃって、以来恋愛事は避けてた。でも就職してからはみんな特殊能力者だし、もうそんな目に遭うことはないんで同僚と付き合ったんだよね。ただ、これがろくでなしで……」  あたしも一回会ったことがある。 「最初から巧お姉ちゃんを利用するつもりだったんだ。全部自分の手柄にして、まんまと昇進。憧れの本部勤務が決まるとあっさり巧お姉ちゃん捨ててったの」 「最低野郎だな」  悪意に敏感なあたしは初対面で怪しいと気づいて、忠告した。だけど巧お姉ちゃんは……。 「ずっと落ち込んでたよ。明るくなったのは上弦さんと再会してからだね。元カレ引っ越しててよかったー。上弦さんと鉢合わせしたら、絶対キレるでしょ」 「キレるどころか。知ったら速攻飛んでってかみ殺すだろうな」  こわっ! 「オオカミの妖のオスは特に、つがいに対する独占欲が強い。つがいに他の好意的なオスが使づこうとするだけで牙向いて威嚇するほどだ」  九郎も似たようなことやってるような気が。  やっぱり似てない? この主従。 「まして上弦は群れのボスの跡継ぎだった。ボスは絶対的で、そのつがいもまた最高の地位にある。分かりやすく言うと王妃を臣下が誘惑するようなもんだ。そりゃ王は怒るさ」  分かりやすい説明ありがとう。 「……絶対上弦さんにバレないようにしないと」 「隠してもどこかでバレると思うぞ」 「ちょ、そうなったら止めてよ。九郎の言うことなら上弦さんきくでしょ」 「どうだかな。この件に限ってはきかないだろうなぁ。俺だってもし東子がそんな目に遭ってたら許せないし」  あたしは過去カレいなくてよかった。でなきゃこの前、上弦さんにやったみたく、丸のみだわ。 「ね、ほんとに力ずくで止めて。保護観察中にそんなことしたら、厳罰になっちゃう。そしたら巧お姉ちゃんも悲しむよ」 「……東子の頼みなら仕方ない、分かった」 「ありがと」  よし。  マジ切れした上弦さん無傷で止められるのは九郎くらいのもの。雪華さんたちでも対抗はできるだろうけど、どっちも大ケガする。 「ただバレても利点が一つあるぞ? いくらなんでもそこまでいけば上弦も自分の気持ち自覚するだろ」 「リスクが多すぎでしょー。ひょんなことから分かっちゃったら仕方ないけど、そうでなきゃ知らぬままでいてほしい……」  はあ、とため息ついて九郎の背中をなでる。 「そっか、巧お姉ちゃんはそこらへんのトラウマのせいで自分が上弦さんに好きになってもらえるわけないって思い込んでるんだね。九郎への敬愛に敵わない、というか。上弦さんにとって一番大事なのは九郎だから」 「それやめてほしいんだよ……」  九郎はゲンナリして舌を出した。 「剛力や流紋みたく、妻子第一にしてくれ」  2家族は正月とかにあいさつに来てくれて、会ったことある。二人とも妻子を大事にしてて、どうりで男性だけどあたしに近づくの九郎が許したわけだと納得した。  剛力さんとこ、ほんとの姿はウサギでモフモフだったなぁ。娘さんモフらせてくれてありがとう。  流紋さんの息子さんは小柄で童顔なのを生かし、調査会社やってるとか言……ん? 九郎、巧お姉ちゃん調べるのに使ったのそこ? 「そういえば雪華さんてなんでダンナさんいないの? 超美人なのに」 「いたよ。過去形。離婚してる」 「おっと、何となく嫌な予感がして本人に聞かなくてよかった。そうなんだ」 「色々あって、大ゲンカの末に別れてさ。まぁぶっちゃけ非はダンナのほうにあるんだが。雪華はいまだに怒ってて絶対会おうとしない。たまに改心した元夫から仲を取り持ってほしいって連絡があるんだが、雪華のほうが取り付く島もないからなあ」 「へえ……」  何があったかはきかない。触れられたくないこともあるだろう。  もし本人が言いたくなったら聞こう。 「雪華さんも上弦さんも幸せになってほしいな。九郎の信頼する部下だもんね」 「……そうだな」  九郎は何か思うところがあるかのように言葉を切ると、目を閉じ、黙ってあたしの膝に頭を乗せた。
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