24人が本棚に入れています
本棚に追加
「レム!」
名前を呼ぶ声で、世界に音が戻ってきた。
ハッと目を開くレムの視界に最初に飛びこんできたのは、さっきフィニッシュラインに送り届けたはずのエースの顔だった。
ほとんど鼻と鼻がふれあうほどの距離に、レムは思わず「うわ」と声を上げる。ぐらりと崩れるバランスに、まだ自分が自転車の上にいることに気づいて、慌てて脚を地面についた。
「おい、大丈夫か?」と肩を支えようとするイーサンの手をポンポンと叩いて「大丈夫」と返す。口を開いた途端、ガサガサにひび割れた喉に新鮮な空気が入ってきて、思わず咳きこんだ。
すかさず差し出されるドリンクボトルの中身を半分飲み干して、ようやくひとごこちつく。ボトルをイーサンに返そうとすると、「いいから全部飲め」と押し戻された。
「名前を呼んでも返事しないから、不安になったぜ。ここはどこで俺は誰かわかるか?フルネームで俺の名前を言ってみろ」
「……イーサン・ウォーカー。平和と美女をこよなく愛するオーストラリア一の色男だろ」
「よかった、頭は正常だな。しかし涎と鼻水でせっかくの美形が台無しだぞ、ミスター・ヤンセン」
「ゲロを吐かなかっただけでも褒めてほしいぜ。勝ったか?」
「駄目だった。ウェールズの大砲野郎にかわされた。あいつやっぱ化け物だわ。スピードが違いすぎる」
「……そうか」
「でも今日の位置獲りは完璧だった。ありがとな、レム」
最初のコメントを投稿しよう!