ジンジャーティーで温かく

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ジンジャーティーで温かく

 紅茶詰めの作業も無事終わり、今日から冬至祭りが始まる。町へ出て、あちこちで料理やお菓子を食べながら、紅茶を飲み歩こう! と思っていたのに…。  私は風邪をひいて熱を出し、寝込んでいた。 「せっかくのお祭りなのに…」 「熱もけっこう高いですね。また無理して夜遅くまで仕事をされたんでしょう。まったく…」  ナシーラが、ふぅとため息をついた。 「休めってことですよ。おとなしくしててください」 「なにもお祭りの日じゃなくてもいいのに…」 「姉さま、すごいね! これ」  部屋にルキオが入ってきた。 「ルキオ様、エルラ様は具合が悪いのです。お静かに」 「ああ、ごめん、ナシーラ。でもさ、この書類見てよ。臨時雇いのルークがやってくれたんだって。さすがだね。彼、アスメディク家の事務仕事をしてただけあるよ。紅茶の作業はひと段落したし、しばらくルークに事務仕事を手伝ってもらおうと思うんだ」  えっ! アスメディク家のご令息を、これ以上こき使うっていうの!?  でも身分のことは内緒だし、ルクバート様は構わないみたいだし、ルキオは助かるし…。 「ルークには、聞いてみたの…? 」 「うん。彼もいいって言ってくれたよ。だからしばらくルークはここに滞在することになるね。本当に助かる、良かったよ」  あ、そうなの…。まあ、いいか…。 ああ、もうダメ。熱で体はだるいし頭もぼーっとする。とにかく今は寝かせて…。  ベッドに寝たままぼんやりと窓の外を見上げると、また雪が降っている。アルフェラッツ様に紅茶は届いたかな。  広間が騒がしい。領民のみんなが食べ物を持ち寄って、紅茶やお酒を飲んでいるんだろうな。 「エルラ様、エルラ様…」  いつのまにか眠ってしまっていた私は、ナシーラの声で目を覚ました。熱はまだあるみたいで、意識はぼーっとしている。 「申し訳ありません。お休みのところ」 「…どうしたのぉ…? 」 「実は…、王太子殿下がお越しになっているのです」  一瞬、時がとまった。  え…? 今なんて言った? 「一応、エルラ様は風邪で熱もあり、寝込んでいると申し上げたのですが、遠いところをお越しいただいたので、客間にお通しし、今、領主様が対応されています。いかがなさいますか…? 」  ほんとに? アルフェラッツ様がいらしてるの?  こうしちゃいられない。起きあがろうと体を起こしたけど、だるくてくらくらして、思うように体が動かない。 「まだ起きるのは無理ですよ」 「でも、でも、せっかく来てくださったのに…」 「では、お部屋にお呼びしましょうか」 「だめっ、こんな格好で、病人くさい部屋なんて呼べない」  はーっ、はーっ、と息がきれる。 「では、エルラ様はできるかぎり身支度を整えて、お部屋も空気を入れ替えて綺麗にしますから…。それでしたらいかがですか? 」 「…うん。ありがとう、ナシーラ」  ナシーラはてきぱきと動いてくれた。熱い湯を用意してタオルを絞り、私の髪や顔、体を拭いて、ゆったりとしていて見苦しくない服を着せ、髪も整えてくれた。暖炉の火を強くしておいて窓を開け、新鮮な空気を入れつつ、部屋を小綺麗に整えてお茶の葉を焚いて香りを漂わせた。 「では、少々お待ちくださいね」  私はベッドの上で、枕とクッションで作った背もたれにもたれて待っていた。  もうすぐアルフェラッツ様に会える。ドキドキして尚更熱が上がりそうだよ~。まだかまだかとドアを睨みつけて待っているあいだに、疲れてきてしまった。力が抜けてぐったりと体をクッションに預け、目をつむった時に、ドアがコツコツとノックされ、心臓が跳ね上がった。 「エルラ様、お待たせしました」  ナシーラが開けたドアから、アルフェラッツ様が姿を現した。ああ、夢じゃないのね。  アルフェラッツ様はゆっくりと、私が寝ているベッドに近づいてきた。 「突然お訪ねして、申し訳ない。まさかご病気とは思わず…」  ぼーっとしていた私に、アルフェラッツ様の言葉は、半分くらいしか聞こえなかった。 「は、はい。ありがとうございます。このようなお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」  体を起こして、頭を下げた。 「あ、いいよ。楽にしていて」 「王太子殿下、椅子をどうぞ」 「ありがとう」  ナシーラがベッドの近くに持ってきた椅子に、アルフェラッツ様は腰を下ろし、手に持っているものを差しだした。 「実は…、これをまた、エルラと一緒に飲もうと思って」  アルフェラッツ様の手には、私が手紙と一緒に送った紅茶があった。 「これ…、ちゃんと届いていたのですね…」 「ああ。冬至祭りの初日に、ちゃんと受け取ったよ」  良かった、でも… 「申し訳ありません。せっかく来ていただいたのに、また紅茶を一緒に淹れることができなくて…」 「恐れながら…」  ナシーラが口を挟んだ。 「ご一緒にお飲みになることはできますよ。今のエルラ様のお体にも良いように、ハニージンジャーティーにしてはいかがでしょうか」 「あ、飲みたい…」  思わず言っちゃった!  アルフェラッツ様とナシーラはくすくすと笑った。 「では、ご用意してまいりますね。少しお待ちください」  ナシーラがいったん部屋を出ていった。アルフェラッツ様とふたりきり…。何話したらいいの~。 「紅茶って、いろんな飲み方があるんだね」 「あ、はい…。ミルクとレモンは一般的ですよね。私はやっぱりストレートが一番好きです。その紅茶の味がよくわかるから」 「そうなんだ。今まで紅茶の味は、そんなに気にしたことなかったけど、君が淹れてくれてた紅茶は、美味しいって感じたんだよね」  わお~ん、嬉しいぃ~。  ドアがノックされ、ナシーラがワゴンに必要なものを載せて入ってきた。ティーウォーマーにティーポット、カップ、すりおろしジンジャー、ハチミツ。 「紅茶は王太子様のお持ちになったものでよろしいですか? 」 「そうね。ちょっとスパイシーな香りだから、ジンジャーとも合うでしょう」 「紅茶は私が淹れよう」  アルフェラッツ様が立ち上がり、ナシーラが驚いて飛び上がった。 「と、とんでもない! 王太子様に紅茶を淹れさせるなんて…」 「あ、大丈夫。エルラからちゃんと教わったから」 「エ、エルラ様が…? なんということを…」  あ、あの時の会話のことはナシーラに話したけど、紅茶を一緒に淹れたことは話してなかったっけ…? 「あれから自分でも紅茶を淹れて飲んだり、母上や妹にも淹れてあげたりしたんだ。はじめはみんな驚いてたけど、喜んでたよ。そしたら妹が、自分はクッキーを作るって言い出して、パティシエたちに教わって作ってるよ」 「トゥリア様が? 」 「うん。今度はケーキを作るって張りきってるよ。さて、紅茶はこれでいいよね。ナシーラ」 「は、はい。大丈夫です。時間になりましたらジンジャーとハチミツを加えます」 「いい香りだ。風邪に効くの? 」 「はい。ジンジャーは体を温めますし、喉の痛みも抑えます。ハチミツはビタミンが豊富で、風邪への抵抗力を強めます」 「へえ。いいね。さあ、どうぞ。お姫様」  手慣れた様子でポットからカップへ紅茶を注ぎ、ベッドまで持ってきてくれたアルフェラッツ様。なんという幸せ! 風邪ひいて良かった~。 「おいしい…」 「そりゃあ、この王太子自ら淹れた紅茶だからね。おかわりもどうぞ」  と言いつつアルフェラッツ様も、自分のカップに紅茶を注いだ。  ナシーラはそっと部屋を出ていった。 「うん、おいしい。甘くて元気になる感じがするよ。なんだか体が温かくなってきた」 「そうなんです。ポカポカしますよね」 「エルラも? どれどれ」  アルフェラッツ様が、そっと私の頬に手の甲を当ててきたりするから、カーッと一気に顔が熱くなった。 「そうだね。温かく、というか…なんか熱いよ! 大丈夫? 」 「だ、だいじょうぶれす…」 「もう寝たほうがいいよ。私はもう帰るから」  アルフェラッツ様はさっとふたりのカップをワゴンに載せ、私の肩まで毛布を引き上げた。 「あ、あの…」  ぼーっとしながら絞りだした私の声に、アルフェラッツ様は優しい微笑みを返してくれた。  ああ、温かくて幸せで、本当に夢みたい…。 「今日は、お越しいただいて、私、本当に…」  幸せです。と言う前に、私は眠りに落ちてしまった。  その様子を見ていたアルフェラッツ様は、ぼそりと呟いた。 「眠ってしまったな。もう帰らなければ。次はいつ会えるだろうか…」  仕方なく立ち上がり部屋を出ると、そこにルークがいた。 「ルクバート…?! どうしてここに? 」 「俺の放浪癖は知ってるだろ? 今、このカイトス領で臨時で働いてる」 「ルクバート、エルラに変なこと言ってないだろうな」 「おや、何か言われたら困ることあるのかな」  ふたりの間に沈黙が流れた。 「まあそう恐い顔するなよ。せっかく見つけたんだろ? 大切な紅茶侍女を」 「エルラはもう侍女じゃない」  ルクバートはふっと笑った。 「そうだな…。これからは侍女ではなく、何になるのかな? 」  アルフェラッツ様は黙って、ルクバート様の横を通り過ぎようとした。。 「エルラちゃんのこれからの道は、ひとつじゃないからな」  ルクバート様の言葉に、アルフェラッツ様は振り向いた。 「どういう意味だ? 」 「さあ? 可能性はいくらでもあるってこと」  ルクバート様を睨むようにしてから、アルフェラッツ様は立ち去った。  その日のうちに、アルフェラッツ様は王都へとお帰りになった。私が眠っているあいだに。  ああ~、せっかく来てくださったのに…。また来てくださらないかなあ。会いたいなあ。
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