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王宮へ
「それで、ご準備はよろしいのですか? 」
お茶会へ出かける前日、侍女のナシーラが聞いてきた。
「準備も何も、別にないわよ。用意するのはあの紅茶だけでいいわけだし」
「そうはいきませんでしょう。ドレスとか宝石とか…」
「あのねっ、見合いに行くわけじゃないんだからねっ」
ついアルフェラッツ様のことを思い浮かべて、動揺してしまう。
そんな私の様子を見て、ナシーラはクスリと笑っている。何よぉ。
「私もエルラ様についていきたいのですが、お館をあけるわけにはいきませんので」
「そうよね。うち使用人が少ないから、ひとり抜けると大変なんだよね。私もナシーラについてきてもらうと心強いんだけど…」
ナシーラは私の手をやさしく取った。
「大丈夫ですよ。エルラ様なら、誰にも負けない美味しい紅茶を淹れられます。私も、お嬢様が淹れてくださる紅茶が大好きです」
「うう、ナシーラ。ありがとう」
「ところで、例の紅茶というのは、アレですよね」
「そう、アレ。あの茶葉のファーストフラッシュの、特別ブレンド」
「アレでしたら、普通に淹れても美味しいですよね。国王ご一家がお気に召すのも当然です。お気を楽に楽しんでやるくらいで大丈夫ですよ」
いよいよ明日、王宮へと向かう。どうなることか…。
久しぶりの王宮は、紅茶侍女候補の令嬢とそのつき添いたちがいるせいか、なんだか騒がしかった。
紅茶侍女候補は私を含めて5人。淹れる紅茶が美味しいと評判の王都の公爵令嬢カリーナ・ヴェロルム。紅茶マニアの宰相の娘タリア・トラルス。紅茶がメイン商品の貿易商の娘サリル・バナート。私と同じ辺境の紅茶名産地の領主令嬢リジーア・ボルタリス。
この4人のうち、宰相の娘タリア様と紅茶領主令嬢リジーア様は、私と同じ時期に王宮に奉公にあがっていた。奉公人はたくさんいるから、顔は覚えてないけど。
公爵令嬢カリーナ様のヴェロルム家は、三大公爵家のひとつで、言ってみれば王族の親戚で、王位継承権も持ち、王族を支える家柄。カリーナ様はよく王宮に出入りしていて、たまに王宮に数日泊まることもあるということ。
貿易商の娘サリル様のバナート家は、王室御用達の商人の家柄。取扱品はもちろん紅茶だけではないけれど、今回はつてを頼ってむりやり候補にねじこんだらしい。
候補者に対するお茶会参加者は、まずはもちろん国王ご一家。国王陛下、王妃様、王太子アルフェラッツ様、第2王子グラフィアス様、まだ幼い王女トゥリア様。
招待客の筆頭には、三大公爵家のアスメディク家、ボティス家、ヴェロルム家のご当主、ご婦人、ご子息ご令嬢方。そのほかトップクラスの名家の方々が揃っている。
なにせ王太子のお相手になるかもしれないことから、国家問題であるといっても過言ではない。
紅茶侍女の候補者たちは、打ち合わせなどもあるので2日前には王宮に入るよう言われていた。私はギリギリ2日前に到着したが、ほかの候補者たちは、すでに王宮に来ていたようだ。
「カイトス子爵のご令嬢エルラ様ですね。こちらへどうぞ」
通された部屋は、奉公のときとは違うご立派な部屋。メインルームにゲストルームと寝室がつながっている。
ほかの候補者の方々は、侍女やつき添いなど人数が多いけど、私はひとりなんだから、こんなに広くなくていいのに。カイトスの館の自分の部屋だって、これほど立派じゃない。
と思いつつ、荷解きをしてから厨房へ挨拶に伺った。
「おお、エルラじゃないか。久しぶりだな」
「マルカブさん、お久しぶりです」
コック長のマルカブさんをはじめ、顔なじみの料理人たちが集まってきた。
「今回は、災難だったなぁ。朝の紅茶を淹れてたのはエルラだって、俺たちみんなで言ったんだけどなぁ」
「まあ、王太子様が関わってますから、一筋縄ではいかないんでしょうね」
「なあ、そうそう、あの王太子がなぁ」
マルカブさんが、急にニヤニヤしだして、私はつい赤面してしまった。
「あっ、あのっ、これお土産です! 」
カイトス産の秋摘み紅茶を、厨房のみんなに持ってきたのだ。
「おう、ありがとよー。前にエルラからもらった紅茶を料理に使ったら、これまた評判が良くてな」
「休憩時間に飲むのも楽しみなんですよ。ありがとうございます」
サウルさんやシェダルさんなど、ほかのコックの人たちも喜んでくれた。
「あー、エルラじゃないの! 」
そこへ、侍女仲間だったフェタとミアもやってきた。
「あなた、チャンスじゃない! 頑張ってね、応援してるから! 」
「エルラが淹れる紅茶が一番美味しいってこと、私たちはちゃんと知ってるからね」
「はは…、ありがと…」
「給仕の補助を、王宮の侍女から、各候補に2人ずつ入ることになってるの。私とミアは、エルラの補助に入ることにしたから、よろしくね! 」
「あ、そうなんだ。私、今日、王宮についたばかりで、お茶会のこと、まだよく聞いてないんだよね」
「もー、相変わらずおっとりしてるんだから。ミア、説明してあげて」
「はいはい。エルラ、よく聞いてね」
思惑はいろいろあれども名目はお茶会。でも今回は、候補者にとってなるべく公平になるように、立食形式をとるそうだ。
5人の候補者はそれぞれ、お茶専用のテーブルを受け持ち、自分のテーブルに訪れた人に、紅茶を淹れて飲んでもらう。お茶菓子は、王宮パティシエが用意してくれた同じものを、お茶菓子用テーブルに並べておく。参加者たちは、気になった紅茶やお茶菓子を選び、それを執事たちが運んでくれた席で頂くということになっている。気になった紅茶やお菓子を、好きなだけ選ぶことができる。
その中で、国王ご一家は、あの朝の紅茶を選び出し、招待客たちは、予め国王ご一家から知らされていたその紅茶の特徴に似たものを選ぶ。
「これだと候補者たちが大変じゃない? 人が来るたび紅茶を淹れなくちゃならないよ」
フェタが指摘すると、ミアが答えた。
「まあ、多少ね。でも皆さん、そんなにガブガブ飲むわけじゃないし。今回の参加者は30人に満たないくらいだから、5人の候補ひとりにつき5,6人担当するってことになる」
「最初だけ、数人分まとめて淹れてしまえば、あとはちょびちょびって感じだね」
「そうそう。私たち補助もいるし。なんにせよ、いろいろやり方を考えたら、これが一番ってことになったんじゃない? 」
ふぅん。なんにしろ“あの朝の紅茶探し”っていうことになってるのね。本当にアルフェラッツ様が、あの時の侍女を探してるのかな。でも、そうじゃなきゃ候補者が名乗りでたりしないか…。
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