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ふたりでお茶を
お茶会の翌朝、部屋で帰り支度をしていると、誰かがドアをノックした。
「はい? 」
そこには、なんとアルフェラッツ様が!
「ちょっと、話をしたいんだけど、いいかい? 」
「は、はい! どうぞ」
ああ、なんてこと。帰り支度をしてたから、散らかしっぱなし。
「すみません、散らかってて。あの、こちらへどうぞ」
テラスなら景色もいいし、部屋の散らかりも気にならない。
「どうぞ。お座りになってください」
「いや。君からどうぞ」
「いえ。王太子様より先に座るなんて」
「君はもう侍女じゃない。ひとりの子爵令嬢だよ。男性が女性より先に座るわけにはいかない」
うう…、どうしよう。ふたりともじっとその場に立ちつくした。
そうだ!
「あ、あの、もし、よろしければ…」
「ん? 」
「こんなこと大変、失礼なことだと分かっているのですが…」
「失礼でもいいよ。言ってみて」
「…私と一緒に、紅茶を淹れてみませんか? 」
今朝も部屋で紅茶を飲んだから、ティーウォーマーはまだ出したままだった。アルフェラッツ様にお湯を見ていただいてるあいだに、私は荷物の中に入れっぱなしだった紅茶の缶を取り出した。
「お湯のなかに泡が出てきたよ」
「では、用意してあるカップにお湯をいれて、温めてください」
おぼつかない手つきではあるが、なんとかこぼさずにカップにお湯を注いだアルフェラッツ様に、取り出してきた缶を渡した。
「この紅茶の茶葉を、ポットに入れます」
「どのくらい? 」
「このティースプーンで、アルフェラッツ様のぶんを1杯,私のぶんを1杯、そして3杯目は…」
「3杯目は? 」
「紅茶の妖精のぶんです」
アルフェラッツ様はくすっと笑った。
「笑いましたね? 妖精のぶんを忘れると妖精が怒りますよ。妖精は怒らせると恐いんですからね。では、フタをして。茶葉がジャンピングします」
ポットの中で茶葉が踊るたびに、お湯が紅く色づいていった。
「どのくらい? 」
「この砂時計が落ちきるまで」
お湯が色づいていくとともに、だんだん紅茶の香りが広がってきた。砂時計が落ちきると、アルフェラッツ様に、2つのカップに交互に注いで頂いた。
「あ、まだです。もうちょっと」
「え? まだ? 」
「はい。紅茶を注ぐ時の最後の一滴は、ゴールデンドロップといって、最高に美味しいと言われてるんです」
「へえ」
注いだカップをテラスへ運び、ふたりで同時に座って飲むことにした。
「この紅茶は…」
一口飲んだアルフェラッツ様の顔がパッと輝いた。
「これが、あの朝の紅茶です」
「やはり美味しい。ありがとう」
よかった。美味しいって言ってもらえた。
「実は、この紅茶は、私の母が品種改良したお茶の木から作ったものなんです」
「母上が? 」
「母は、無類のお茶好きで、紅茶のみならず世界各地のお茶と呼ばれるものに興味を示し、研究していました。お茶の木をあれこれ取り寄せてかけ合わせたり、茶葉を混ぜたりして、美味しい紅茶を作っていました。だからこの紅茶は、カイトス領地オリジナルなんです。ほかのどこにも同じものはありません」
「そうだったのか。そんな貴重なものを、毎朝私たちのために出してくれてたんだね」
「ちょっと自慢したかったのかも。こんなに美味しい紅茶よ、どう? って」
ふたりのあいだに笑い声がこぼれた。
アルフェラッツ様は持っていたカップをカチャリとソーサーに置くと、私に向きなおって言った。
「エルラ嬢。私は単に美味しい紅茶を探していたわけじゃない。美味しい紅茶を淹れてくれたあなたを探していた。これからも君が私のために、いつも紅茶を淹れてくれたら嬉しいんだが…」
えっ、ええっ? それって、それって、聞きようによって、いろんな意味にとれるー!!
侍女として? それとも…。
うう、どっちなの! 聞くべきか、聞かないべきか…。どうしよう!
混乱したうえに赤面してしまって、もう正常な思考ができない! 両手で顔を隠して下を向き、絞り出すようにしてようやく答えた。
「あ、あの、とりあえず、考える時間をください…」
アルフェラッツ様はふっと笑った。
「そうだね。いい返事、期待している」
カイトス領に帰ってきてから、数か月が過ぎた。
アルフェラッツ様からは、時々手紙が届くので、私も返事を返す。いわゆる文通ってやつ。
しかし、アルフェラッツ様のあの言葉は、どういう意味だったのかなぁ。
「そうですねぇ~。確かにどっちともとれますね」
あの会話のことを、侍女のナシーラに話してみた。
「そうでしょう? おまけに最後の“いい返事期待してる”ってのも、どっちともとれるのよ~」
「でももし侍女としてだったら、こんなに頻繁に手紙をよこすでしょうか? やはりお妃として…」
「そうなのかなぁ~、そうだったら、どうしよう…」
「アルフェラッツ様からの手紙は、どんな内容なのですか? 」
「あちらからは、元気ですか、とか、公務で行った所の花畑がきれいで私にも見せたいとか…」
はっ。言いながら恥ずかしくなっちゃった。
「エルラ様は、どのようなことを書かれてるのですか? 」
「寒くなってきたので茶畑の霜対策をしたとか、紅茶を使った新しいお菓子を開発したとか…」
「それって、まるで業務報告のようですけど…」
「だってだって、何書いたらいいかわからないんだもん~」
「まあ実際、エルラ様の毎日は、紅茶のことでいっぱいですからね」
「だって、特に今は冬至祭りの準備で忙しいし…。じゃあ、どんなこと書いたらいいの? 」
ナシーラはふぅっと軽いため息をつきながら微笑んだ。
「今のままでよろしいんじゃないですか? それがエルラ様なんですから」
なによ。教えてくれたっていいじゃない。
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