冬至祭りに向けて

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冬至祭りに向けて

 もうすぐ夜が一番長くなる日に“冬至祭り”が行われる。前日の15時から学校や仕事はお休み。お店などではそれまでに作り置きしておいた料理やお菓子が並び、どこへ行っても紅茶だけは無料で飲み放題。  領主館の広間も開け放たれて、領民たちがそれぞれ得意の料理やお菓子を持ち寄ってきてくれる。代わりに領主館で用意した茶葉を、好きな種類のものを持って帰れる。  その茶葉の袋を作るので、大忙しなのよ~!  とは言っても領民のみんなもお祭りに向けて、料理やお菓子を作るのに大忙し。でもその分、冬至祭りの3日間は、作ったものを食べてゆっくり休める。  そんな忙しない雰囲気のカイトス領地に、王都からひとりやってきた人がいた。町の料理屋に入ったその人は、店の人におすすめ料理を聞いていた。 「豚肉の紅茶煮がおすすめですよ」 「じゃあ、それをひとつ頼む」 「はい、ただいま。お客さん、いい時期にこの町に来たね。あと2日もすれば冬至祭りが始まるから、宿でもとって待ってるといいよ」 「この町の冬至祭りは、どんなことをするんだ? 」 「お店や屋台は、どこでも紅茶だけは無料で飲み放題。領主館へ得意料理を持っていけば、最上級の紅茶がいただけますよ」 「へえ、さすが紅茶の名産地だな」 「でも、おかげで領主のお嬢様は、紅茶づくりに大忙しだそうですよ。領主館は万年、人手不足ですからねぇ」 「人をもっと雇わないのか? 」 「辺境の領地はどこもカツカツで、ギリギリの人数でまわしてますよ。茶葉の収穫や今回の冬至祭りみたいに忙しいときは、臨時の人を募集してますから、手の空いた領民は手伝いに行ってたりしますよ」 「ふぅん。俺みたいなよそ者でも、臨時に雇ってくれるかな」 「もちろん身元の確認はされるでしょうけど…」  おかみさんは、その人をじろじろと眺めて言った。 「まあ、あんたは身だしなみもいいし、感じも悪くない。大丈夫じゃないかね」  そのころ私は、忙しい仕事の合間の気晴らしに、先日来たアルフェラッツ様の手紙の返事を書いていた。    もうすぐ冬至祭りです。  カイトス領の冬至祭りでは、どこへ行っても紅茶が飲み放題です。  紅茶を使ったお菓子もたくさんあります。  私は毎日、領民のみんなに配る紅茶を詰めています。  アルフェラッツ様にも、おひとつ最上級の紅茶を贈らせてください。  どうぞ良いお祭りをお過ごしください。  はあ。今日の夕刻の便で持っていってもらえば、2日後の冬至祭りにはアルフェラッツ様の手元に届くわね。この紅茶、飲んでくれるといいなぁ。  手紙に紅茶を入れて封をして、夕方の便にまとめてもらってから、紅茶を詰める仕事場に戻った。 「ああ、姉さま。いいところへ。こちら住み込みで、臨時の仕事をしてくれるルーク・メンディさん。仕事、教えてあげて」 「まあ、助かります!ありがとうございます。よろしく…」  握手して、見上げた相手の顔は、どこか見覚えがあった。どこで? 誰だっけ? あっ。 「ルク…! 」 「ルークです! お間違えないようお願いします」  手を強く握られ、にやりと意味ありげな微笑で黙らされた。三大公爵家のルクバート様じゃないの! 「じゃあね、よろしく。姉さま」  自分の仕事に戻ろうとするルキオを追いかけた。 「待って、ルキオ。あの人、身元はちゃんと確認したの? 」 「うん、大丈夫だよ。三大公爵家に仕えてる人で、ご当主の命で、各地域の伝説や言い伝えなどを調べて、本にまとめる仕事をしてるんだって。民俗学もちゃんと学んだいるそうだよ。それに、ちゃんとアスメディク家の紋が入ったピアスを身につけてた」  上級貴族に遣える人たちは、それを他の人に利用されないように、家紋の入ったピアスを身につけることになっている。家紋は特殊な技術で宝石の中に刻まれているから、容易には真似できない。  私も王宮に仕えている時は身につけていたけれど、お暇をもらうときにお返しした。  アスメディク家の紋章の入ったピアス…、って、当り前よね、ご子息なんだもん。でもさっきの様子から、身分は明かしてほしくないようだった。何かわけがあるのかな? 「それじゃあ僕、行くよ。帳簿の整理があるから」 「あ、うん。いつもありがとう、ルキオ。私も手が空いたら手伝うね」 「姉さまには作業のほうを任せてるから。事務仕事は僕が頑張るよ」 「そうは言っても、お父様は最近老眼ですぐ疲れちゃうし、頼れる執事のケーペィはぎっくり腰で動けないんでしょう? 紅茶のほうが一区切りついたら手伝うから、無理しないでね」 「ありがとう。姉さまも無理せずに」  ルキオは足早に廊下を歩いていった。私も作業に戻らなくちゃ、と振り向いたら柱の陰に、ルクバート様が! 「兄弟、仲いいね」 「ルク…」 「ルーク、です。お嬢様」  ルクバート様は恭しく礼をした。私はあわてて声を低くした。 「こんなところで何をなさってるんですか? 公爵家のご令息が」 「俺さ、身分を隠して、けっこうあちこちで日雇いの仕事とかしてるんだよ。内緒だけどね」 「どうして、そんなことを…! 」  私は驚いて目を見張った。 「公爵家のご令息、だからこそだよ。国のほとんどを占める一般庶民が、どのくらい働いてどのくらい給料をもらってるか、生活必需品の相場はどれくらいか、1か月の生活費はどのくらいか、どんな生活レベルか…。上に立つ者がそれくらいのことを知らなくて、一体何ができると思う? 」  なるほど、確かに。ルクバート様、ずいぶん話に聞いてた感じと違うなぁ。 「どう? 噂とは違うでしょ」  いきなり顔を近づけてきた。 「えっ、あ、は、いえ、その…」 「ほら、作業に戻ろうよ。忙しいんでしょ」  はっ、そうだった。  ふたりで足早に作業場へ戻る。 「民俗学ってのは本当だよ。大学で研究室に所属してた。経済学や帝王学もちゃんと修めたよ。卒業してからは、公爵家の仕事も手伝ってる。で、時々こうして臨時の仕事をする旅に出てる」  すっごーい…。頭も良くて行動力もあるんだ。 「エルラちゃんは、農業を学んだんだって? 」 「えっ、なんで知ってるんですか? 」 「主な貴族のことなら、大体把握してるよ」 「うちの領地って、主ですかね…? 」  はははっとルクバート様は大口あけて笑った。 「うっそだよ。エルラちゃんのことは、気になって調べたんだよ」  へっ…? 「さあ、作業しよう。何をすればいいの? 」
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