1章. 種火

2/3
前へ
/35ページ
次へ
〜東京都足立区〜 広大な敷地に、見事な日本庭園。 豪勢な作りの屋敷に、入り組んだ建屋が並ぶ。 関東裏社会最大の組織、黒龍会本部である。 庭園の中を通るガラス張りの渡り廊下。 邸宅から繋がる建屋に、会議室があった。 「王船長。今回の件はどういうことだ?」 重く響く含みを帯びた声。 指にはめた太い指輪を磨きながら話す。 黒龍会会長、山崎龍造。 極悪非道、力で全てをねじ伏せてきた漢。 「まさか、検察が入るとは…しかし、積荷は大丈夫です。遅れて申し訳ありませんが、必ず届きます」 「遅れは許されんのだよ、バカ者が❗️」 睨みを効かした怒声。 殺される…と感じた時。 「お父様、また大声出して、全く」 「おお、無事に帰ったか(らん)」 山崎龍造の一人娘、山崎蘭。 類い稀な知能と、裏社会で生きる能力を持った彼女は、15才という若さで、福建省泉州にある中国支部を任されていた。 「もういい、出ていけ」 正直助かったと思った(ワン)。 慌てて、逃げる様に立ち去る。 「お父様の荷物は残念ね〜。おかげで私のは無事でした」 「ほぅ、嫌味なところは母親似か。あっちはどうだ?」 「お母様が亡くなり、一時はザワつきましたが、仙崎がいるから問題ないわ」 仙崎辰巳(せんざきたつみ)。 蘭が幼い頃から、ボディガードとして仕え、蘭を愛しく想うタフガイである。 ヤクザは気に入らないが、蘭の為にいた。 「私の心配より、お父様はご自分のことを考えるべきじゃないかしら?」 「どういうことだ?」 「今回の一件、私達の動きを知る誰かが、通報したとしか考えられないわ」 「内通者か…あり得んな」 事実、黒龍会内で龍造に刃向かうものはない。 「まっ、お互い気をつけましょ」 部屋を出かけて立ち止まる蘭。 振り向きもせずに呟いた。 「港には、手は打ったから。 仙崎、車を」 軽く一礼して、先に出ていく。 後に続く蘭の顔には、微かな笑みが浮かぶ。 一年前、香港の三連会(サムハプウイ)と手を結ぶため、龍造は妻をとして差し出した。 いわゆる人質である。 ヤクザの妻として、乱れることなく従う母。 その子とは言え、14歳の子供に理解できる筈はなく、蘭は一人で泣いた。 仙崎辰巳だけが、その彼女を知っている。 中国へ渡航後暫くして、母の自害を知った。 蘭はそれ以来、龍造を憎んでいたのである。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加