123人が本棚に入れています
本棚に追加
膝の力が抜け、床に座り込む咲。
忘れようとした記憶が甦る。
咲の感情が、紗夜と昴を打ちのめす。
(ちがう…ちがう…)
「違うわ❗️悲しい記憶を持つ人は、世の中に沢山いる!あなたは、その悲しみを、乗り越えられなかったのよ。感情に身を委ねて、恨むことでしか生きていけなかった。でも、それじゃ…恨みを晴らしたら、もうあなたは生きて行けない。そうでしょ?きっと…死ぬつもりよね。2人も道連れにして❗️」
返事はない。
いや、直ぐには出来なかったのである。
紗夜の言う通りであったから。
「悲しみに流されて、恨んで生きるより、悲しみを乗り越えて、前に進んで生きる方が、どれだけ苦しくて、辛くて、大変なことか。それが出来なかったあなたに、咲さんと美夜さんを責める資格なんてないわ❗️」
涙が溢れていた。
紗夜も、咲も、そして剣城も。
「この悲しみを知らない、あんたが、えらそうなことを言うな❗️」
富士本が思わず紗夜に、手を差し伸べかけた。
「知ってるわよ❗️多分あなたよりね❗️」
沈黙が…響き渡った。
「私の母や兄は、小さい頃に死んだ。そんな私を引き取ってくれた、お父さんも、お母さんも死んだ。今でも全部覚えてるわ。私が…私がこの手で、この右手で、私が殺したんだから❗️」
「紗夜…」
虐待が産んだ悪魔が、無意識の内に行ったものと思っていた富士本。
まさか紗夜が、その全てを覚えているとは、思っていなかったのである。
「じゃあ、おまえも同類じゃないか。いや、親を殺すなんて、私達より最悪な、最低な人殺しじゃないか。そんな奴が悲しみを乗り越えて生きるだと?そんなおまえに、生きる資格なんて無い❗️」
「何だとこのヤロウ❗️紗夜はなぁ、その罪を一生背負って、1人でも多くの命を助け、1つでも多く人の為に、生きる道を選んだんだ!自分勝手な悲しみで、人を殺しているお前とは、ぜんぜん違うんだよ!分かったか❗️」
夜中に、眠りながら涙を流す紗夜。
悪夢に苦しんでいる紗夜。
一緒に生きている淳一だからこそ知っている、決して人には見せない紗夜の姿であった。
「まぁいいや。どうせもうすぐ私達の復讐は終わる。紗夜さんだったか?あんたの言う通り、死んでやるよ。私には、この罪を一生背負って生きるなんてできないしな。咲さん、紗夜さん、あんた達はいいなぁ…。いい人達に囲まれて。初めて、人を羨ましいと思えたよ。さよなら」
電話が切られた。
「昴、逆探知は?」
首を振る昴。
「あの音は、走る車からです。一度も止まりませんでしたから、おそらく高速道路」
「アイ、GPS探知は?」
「無理でした。携帯電話から直接ではなく、パソコンから、幾つかの基地局を経由させていました」
「富士本部長、高速道路の料金所に検問を!」
「範囲が広すぎる。それぐらい想定してるだろう。多分、もう降りてるはずだ」
クラブから帰ってきた豊川が、入り口で聞いていた。
その時である。
「…さん、紗夜…ん」
PCスピーカーから声がした。
昴がシステムのスピーカーに繋ぐ。
「咲さん、紗夜さん」
「ラブさん❗️」
「まだ終わってないわよ。刑事課の刑事でしょ!さぁ、立って」
「ラブ…さん?」
まだ呆然としている2人。
「立ちなさい❗️」
ラブの叫びに、ハッと、自分を取り戻した。
「国枝剣城は、蛇心の博依然から情報をもらい、利用されたのよ」
「利用された?」
「アイ、あの壁の写真を」
メインモニターに美夜と咲の写真が映る。
「もっと引いて全体を!」
倍率が下り、壁全体が映った。
「これは⁉️」
貼られた写真にばかり気を取られ、全く気づいていなかった。
「国枝剣城のラストターゲットは、あの赤い点全てよ❗️」
貼られた写真は、咲を除いて、背景のコンテナ船の中にあり、コンテナ船を大きな丸が囲んでいた。
「国枝は、あの爆破装置を博依然に送り、蛇心が持つ全ての船に仕掛けた。今あの船には、中国黒龍会のほぼ全勢力が乗っています。飛鳥組と明日東京で戦う為に」
「そんな❗️」
「咲さん、心配しないでください。黒龍会の山崎蘭組長は、飛鳥組とは戦いません」
ラブの自信に満ちた言葉は、安心と信頼を感じさせた。
「しかしなぜ博依然は?」
「彼女は武闘派でもなく、父や双子の兄の闇の商売を心底嫌っていて、国枝剣城の復讐に手を貸し、父と兄を抹殺。彼女が目指す蛇心の邪魔になる黒龍会をも、消すつもりです」
「何だかいい奴か、悪い奴か微妙ね」
「確かに、中国マフィアの世界じゃ、善悪の秤が違って、自分の理想の為には、たとえ親でも犠牲にするくらいの覚悟はある」
日本のヤクザとは、規模も何もかも違うことは、理解できた。
「しかし、最後の狙いが黒龍会と、コンテナ船とはね〜。あっちはラブに任せて、私達は国枝達を。紗夜さん、さっきの彼の話しと高速道路。向かう先は?」
「あの話しぶりでは、運転はしていない。私達と言っていたから、おそらく3人一緒にいる。3人に共通する場所は……横浜中華街よ❗️」
「良くできました。昴、国枝友恵と愛染真知子が死んだ爆破現場を探して!3人はそこで死ぬつもりよ」
「紗夜、淳、横浜署へ連絡して、避難を!」
「了解!」
「分かりました!今は、天津飯店です」
爆死か、サリンか。
いずれにしろ、周りを巻き込むのは必至。
3人の説得はもはや不可能と判断した。
後は、いかに被害を最小限に抑えるかである。
最初のコメントを投稿しよう!