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1章. 種火
〜東京都大井コンテナ埠頭〜
港湾局が管理する全長2350m、係留数3037隻を誇る、国内最大級のコンテナ埠頭。
コンテナ船は、国際定期航路の主力であり、毎日世界中から貨物を運び、また送り出す。
近年は、外航コンテナ船の大型化が進み、2万個のコンテナを積載できる船まである。
国際基準で決められた、長さ約6メートル、或いは約12メートルのコンテナが、色鮮やかに積み上げられている景色は、輸入と輸出に頼る日本の象徴とも言える。
AM 7:00。
静かな早朝の埠頭に、中国からの大型コンテナ船が入港して来た。
「さぁ、今日も気を引き締めていくわよ!」
「美咲、気合い入ってるな」
「渋川部長!どうしたんですか?」
港湾局大井支部長の渋川慎二。
法務大臣の父を持つ渋川は、新人の美咲を教え、瞬く間に支部長へと登り詰めた。
「ある筋から情報があってな、三連会が関与している物が、近く密輸されるってことだ。」
「三連会って、あの香港の黒社会に君臨する闇組織ですよね。まさか、あの船に?」
「可能性が高いと見ている」
真剣な渋川の面持ちに、緊張感がみなぎる。
黒社会。
中国語圏において、種々の犯罪組織(マフィアやギャング)を総括した呼び名である。
その中で、三連会は、香港を拠点とする幾数かの犯罪組織を総称する呼び名で、世界最大規模の組織を含む機密結社である。
その実態や全体像はほとんど明らかでないが、香港には、現在57程の組織が存在すると言われている。
コンテナ船が着き、タラップが船着けされた。
「さて、行くか」
国土交通省の認可を受け、海上保安庁、水上警察から数名の査察が開始された。
これに、渋川、美咲を含む港湾局5名が同船する。
「おはようございます。船長の王張偉ですが、何か問題でも?」
「日本語がお上手ですね。港湾の渋川です。最近悪い噂がありましてね、念の為の確認です」
社交辞令は任せて、美咲は捜査員に加わる。
「私は若い頃、観光船をやってましてね。お客さんは日本人ばかりでしたよ。この船を父から継いで10年。一度も問題は起こしていません」
「すみません。これも法務省からの指示なので、我慢してください」
暫くは、雑談で王の気を逸らす。
そこへ、美咲が走って来た。
「支部長、これを」
積荷目録、一般貨物で言うシッピングリストの様なものである。
「これがどうかしたのか?」
「こちらが、香港の葵青コンテナターミナルで登録されたリストですが、一つ足りないんです」
王船長が、露骨に嫌な顔を見せる。
「何かの手違いかも知れないが、確認してみてくれ、よくあることだ」
「はい。葵青にも変更や、追加されたリストがないか聞いてみます」
「これは、時間がかかりそうですね。後はお役人さんに任せて、船員達は下ろさせて貰いますよ」
3000個は超えるコンテナである。
もし、リストの相違理由がわからない場合は、1コンテナ毎に、人による照合確認が必要となる。
結局、予想通り裏付けるものは現れず、埠頭の大型クレーンを使い、荷下ろしして確認する。
気の遠くなる様な作業である。
「ただの間違いじゃないか?」
「仕方ないだろう、お堅い公安局だからな」
交代で作業に当たる、海上保安庁と水上警察の冷やかしが、指揮をとる美咲に向けられる。
下船する船員達を、念のために写真に収めていく美咲。
ゾクッ…(な…何この2人)
背中に走る嫌なもの。
(まだ…子供?でも…)
並んだ2人に、シャッターを押す指が震える。
「你今年多大(あなた達、何歳)?」
下から覗きあげる様な冷たい目。
「ああ、2人は私の息子でね、人…ミシリ?が強くて、すみません」
船長の王が慌てて駆け寄って来た。
「…そうでしたか」
そのまま通す美咲。
正直なところ、早く離れて欲しかった。
中国のコンテナは手入れが酷く、識別記号も正確に読み取れないものが多い。
輸入元の許可なく開梱はできず、その場合は重量での照合となる。
「あ、もしもしあなた。暫く帰れそうにないわ、子供達をお願いします」
「そうか、分かった。こっちは心配するな、最近怪しい噂もあるから、気を付けるんだぞ」
「あっ危ない!」
外での作業を見ながら、事務所から電話していた美咲が、思わず声を上げる。
「ど、どうした?大丈夫か?」
「あ、ええ、計量中の大型コンテナが、少しバランスを崩しただけよ。大丈夫。じゃあ、すみませんが、よろしくお願いしますね」
そう言って電話を切る。
夜中に着く船もあり、泊まりはよくあることであった。
まさかそれが最後となるとは…思いもしない。
結局、作業は夜を徹して8日間続き、荷受けリストとコンテナの照合は完了したのである。
香港の葵青コンテナターミナルで登録されたリストの1件は、不確かなまま。
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