パーソナリティ・チェンジ!

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私、児玉トマト。中学三年の女の子。  あ〜、やんなっちゃう。まわりはそろそろ受験、受験で、お受験モード。  私立を狙うなら、そろそろ本腰を入れないとやばいわよって、ママにもお説教されて。  そんなこと、わかってるわって、15歳って、一生に一度しかないし、受験勉強だけに使う人生って、灰色よね〜って、もうすっかり小玉トマトになっちゃうの。  はああ〜って、鏡の中の私を見てはタメイキ。  もう普通の中学生はやめて、アイドルにでもなろうかなって、思うのよ。  だって私って、中肉中背。髪は普通だし、顔も普通。街でスカウトの人にすれ違ったりなんかしたら、はあああ〜。  もう、絶対目につかないわよ!  なんかこう、人混みに紛れるって感じ?6万人ぐらいいるアイドルグループだったら入れるかなって、それでも自信ない。そんなんに落ちたら、自信喪失、クチャっと潰れてトマトジュースになっちゃうわよ。  その前に、クラスの男子だって、全員が私のこと知っててくれてるか怪しいものよね。  容姿も普通、勉強も普通。スポーツだって平均だし、ピアノを習ってましたとか、そんなんもない。いたって普通。  気の利いたジョークも言えないし、クッキー焼くのが趣味、とかもないもんね。  私は普通の家庭に育った、普通の女の子。どこにでもいそうな、どこにいたって目立たなさそうな、地味〜な女の子。  よく言われるってのが、昨日どこそこにいた?ってやつ。どこそこで見たよってのがナンバーツー。これって同じよね。そんなとこには行ってないわよって、いちいち言うのも疲れたぁ〜。  ナンバースリーはね、誰かに似てるね、ですって!ほんっともう、誰かって誰よ。  きっと、私のことが好き〜、なんて、そんな男子はいないわよね。君は特別だよ、って、そんなこと言われてみた〜い!  でもね、でも、でも。  実はね、ここだけの話。  ウチの家系は、ちょっと人に言えない秘密があって。  児玉家の女の子にだけ、受け継がれるある体質があるの。性質って方がいいのかな。形質?これでも花の受験生なんですから、知識がもうどしゃ降りのように入ってきて、頭の中は大大大、大洪水の大迷路よ。もうほんと、頭良くなりすぎてなんて言ったらいいかわかんな〜い!大迷惑よね。  それはね、もったいぶるわけじゃないんだけど、超能力。  う〜んと、単に能力って言った方がいいのかしら?とにかく、能力者ってことよね。何を隠そう、児玉家の女は、代々不思議な力を持つ能力者、エスパーだってこと。  驚いた?驚くわよね、普通。普通のことならレベルマックスのこの普通に普通の私が普通に驚くんだから、普通は驚きよね。  だってだって、私だって初めてその事実を知らされたときには、そりゃあもう、ぶったまげちゃったんですから。  でも、そういえば小さな頃からおかしなことがあるなってのは感じていたのよ。  ウチのおばあちゃん、足が悪くって杖をついているんだけど、しょっちゅう旅行に行ってくるの。  それも、いつ行ってきたのってぐらい、北は北海道から南は函館までって、それじゃ北海道を出てないわね。  そうじゃなくって、西は西日暮里から東は東中野まで、って、これじゃあべこべ?  とにかく受験生のこの私が混乱するぐらい、あっちこっちに行きまくってたの。  おばあちゃん、あの足で良く色々行けるわね〜って、不思議に思ってたんだけど、タネを明かされてみたら、なあ〜んだ納得。そっか、おばあちゃんはテレポーテーションの能力を持ってたんだねって、そんなものわかりよかったら受験で苦労してないわよ!  おばあちゃんがエスパーだったって知らされたときの私の驚きときたら、もう、ホント、全世界の人に教えてあげたいわ。  でも、でもでもね、トーッぜんのことながら、これは内緒なの。  児玉家の女がエスパーだってことは、門外不出の最重要機密事項。だからあなたにもナ・イ・ショ!きゃっ!  で、おばあちゃんの娘、私のママはっていうと、なんとテレパシーの使い手。  小さい頃は、ママって私のことなあ〜んでもわかっちゃうんだなぁ〜って、さっすがママよねって、かわいく思ってたんだけど。  カラクリがわかってみたら、そ、そ、そんなの、アリ〜っ!?  だって、ズル〜イ!女の子には、誰にも知られたくない秘密だって、あるんだからぁ〜っ。  今まで私が考えてたこと、全部筒抜け?  でもね、ママに知られたくないことは、ブロックできるんだって。よかったあ〜。シシュンキって、多感な時期だもんね。いくらママでも、ナイショにしときたいことがデラックスハイパースペシャルデカ盛りマシュマロシュークリームチョコサンデーぐらいにあるんだもん。もち、さくらんぼも乗せるわよ。だから、本格的に思春期に入る前にそのことを知れたのは、良かったわ。  それはそれはね、ある日、ある日のことで。  児玉家の女はね、最初っから超能力を使えるわけじゃないんだけど、その日から能力者の仲間入りをする日ってのが来るのよ。  私の場合は小学校高学年のときで。あ、とうとう私にも来たかって、そういうある日のこと。  え、どんな日かって?そんなこと女の子に言わせないでよ、もう、恥ずかしい!  でもママには言わなきゃいけないからって、ママのところに行ったら、もう、何が起きたかお見通し。  そこで一族の重要な秘密を教えられたのよ。もう、トンデモナイ!  そのときの私ったらもう、びっくりと驚きと仰天と桃の木と山椒の木が一緒に来たような感じで。  もう、こんな日にいっぺんに教えないでよ〜って、強く念じたらママがそれをテレパシーで受け取って。あら、ごめんごめん、だって。ママったら軽いんだから。  そんなわけで、私も児玉家の女。その日から超能力が使えるようになりました、めでたしめでたし。って、ここで終わったら受験も苦労しないわよね。竹取物語だって、教科書に載ってない部分からが長いんだからあ〜。  あなたもトーゼン、気にかかってるでしょ?じゃあ、この私はどんな超能力を授かったのかって。  そのときはね、すぐにはわからなかったの。だって、おばあちゃんはテレポーテーションで、ママはテレパシーでしょ?  これって、超能力界の二大巨頭じゃないの。言ってみたらバッハとモーツァルト。あれ、ベートーベンとハイドンかしら。それよか、ジョンとポール?マイケルとジャクソン?わかんなくなっちゃったけど、私が受験で苦労してるってことはわかるでしょ!もう、ノイローゼよ、ノイローゼ。受験ノイローゼ!  そんなんなのに、私がスプーン曲げだったら、神様はどう考えても人間を不幸にするためにこの世界を創ったとしか考えられないわよね。  だから、スプーン片手にウン!てイキってみたけど曲がらなくて一安心。  どうせだったら、かっこいいのがいいなぁ〜って、思うでしょ?  空を飛べるとか、予知能力とかステキよね。でも、水たまりを飛び越えようとして、ベチャッ!お気に入りのスカートに飛ばしちゃったじゃないの。  明日がテストだっていうから、どこが出るか山勘勝負したら、さ、さ、さ、30点ですって!?これじゃ普通に勉強した方が良かったあ〜。どうやら予知も透視もできないみたい。  ママは「わかるときが来ればわかるわよ」って、ノンキ過ぎる。だって、一度しかない青春時代を、超能力と一緒に過ごしたいんだも〜んって、恋人みたいよね。  でも、自分の超能力に気付くのがおばあちゃんになってからだったら、そんなの悲しすぎって思うでしょ。  だから毎日、なんだろ、なんだろって過ごしてた、そんなある日。ちょっと学校で嫌なことがあったのよね。  なんだったのか、もう忘れちゃったけど、きっと小学生らしい他愛もないことじゃなかったかしら?  どうせ緊張しちゃって、好きな男の子とうまく話せなかったとか、ライバルの女の子にバレエシューズを隠されたとかって、そんなことナイナイ。バレエなんて習ってないわよ。クマのぬいぐるみと話してるのがバレたとかって、そんな超能力じゃないわ。音楽室のベートーベンに睨まれたって、そんなホラーな学校じゃないの。  多分、仲間外れにされたとか。女子ってあるの、そういう、急に人間関係が変わることが。  で、な〜んかすっごくブルーな気分で。これからって、乙女が色づいていく時代じゃない?そんな青春の入り口に立っているときに、はああ〜って、青いトマトになっちゃってたわけ。  なんかすっごく自分に自信がなくなっちゃって。ふうう〜って大きくため息をついて、鏡を見たのね。  そこに映っていたのは、もう、ユーウツな感じの女の子。はあ〜、パッとしない、パッとしない。どこからどう見てもパッとしない、くすんだ色の少女。  私って、普通だ普通だと思ってたけど、こんなん全然普通じゃない。  そのとき私は、鏡に映っている自分を心底嫌だと思ったのね。こんな自分は嫌だ。こんな自分を変えたい。もっと明るい色の、魅力的なトマトになりたい〜って。  本気で思ったの。  そしたら、そしたら、もう、そしたらだわよ!  何が起こったと思う?  もう、びっくりよ!鏡の中の自分が、あれれ、これ、どこかのプリンセス?それとも国民的アイドル?まさか、今夜ガラスの靴を履いてお城の舞踏会に行かなきゃいけない?ってな感じに、キラキラしてきたわけじゃなくって。わけじゃなくって。  もう、そうじゃないの!  鏡に映っているのはいつもの私。普通の私。普通の中の普通、普通を極めてもはや普通になっている普通の私。  なんだけど、なんか、いい感じじゃない?って、思ったのよね。  あれ、私、結構いいじゃん。普通だと思ってたけど、普通ってことはダメではないわよね。  これがあんまり美人すぎちゃうと、男子の方もとっつきにくいだろうし、告白とかファンレターとかありすぎても困っちゃうわ。  毎回毎回、体育館の裏で待ってるなんて、そりゃ告白する方はいいでしょうけど、される方の私としては、もう、一日何回行かなきゃいけないのよ〜ってな感じで、行くだけで足が棒になっちゃう。そのうち足が大根になるわよ。私はトマトよ、トマト!  そのうち席替えでトマトさんは体育館裏で授業を受けてくださいって、そんなことにはならないと思うけど、美人は辛いものよね。  男子からしたら、私ぐらいがちょうどいいんじゃなくって?  それに、なんかどこにでもいそうってゆーことは、裏を返せば、どこにいてもいいってことよね。  人種差別がきつかった時代のアメリカのように、バスに乗ろうとしたら、あんたの席はここじゃないわよって、うあ〜、私、そんなことされたら、しなしなのしおしおのひなひなトマトになっちゃう。  けど、私は普通っていう自由を手にしてるんですから、どこに住んで誰とおしゃべりしたって、私の勝手よね。  別にいいわよ、私のことシカトするってんなら、鹿でもなんでもしかと見届けてあげますって。今すぐ奈良公園に行ってシカって書かれたTシャツ買ってきてあげるんだから。あれ、こんなお土産、おばあちゃんにもらってた?  な〜んか、急に元気が出てきちゃって。  次の日からルンルンで学校行ったわよ。スキップ踏んでね。  もち受験生の今は、そんなことしないけど、さっ。  なぜかその日はお日様もいつもより明るく感じられたわ。ホント、地球の位置変わった?ってぐらい。もし本当にそうだったら地球温暖化に貢献しちゃってるけど、気持ちよ、キ・モ・チ!  学校に着いてからもサイコーで。  すぐに新しい友達できたわよ。今まで話したことなかったけど、え、この子ってこんなに面白い子だったのって、新発見したわ。うん、こっちのグループにいるのも悪くない。むしろ全然いい気分よ。  な〜んだ、あの子たちにこだわることなんかないじゃない。それからしばらく楽しく過ごしたわよ。  そしたらね、あんまり私たちが楽しそうだったんでしょうね。離れていった子たちが、また戻ってきたの!  そのときは、なによ、あなたたち。私のこと鹿じゃなかったの、鹿!って、一瞬、角が生えてきたけれど。  私の方もサイコー気分が続いてたから、なんか水に流しちゃったわよね。うやむや。  これで良かったの?っても思うけど、まあ、あれよ。女子の社会は複雑だもん。スッキリしないところもあるんだけど、そこがまた面白いのよね。  それで、ハッピーモードの日がしばらく続いて、まあ、またなんとなく普通に戻ったのよね。その日を境に人生がバージョンアップしたっていうほどのことでもなく。  また、まあまあの普通に自然と戻っていったのよ。私だって、いつもいつもサイコーなトマトをキープできるわけでもないもんね。  で、それからもね、あったのよ、何回か。ソーゼツなものではないんだけど。  ちょっと今日ブルーだなっていうときにね。  鏡に自分を映して、もっとステキなトマトになりた〜いって、念じてみると、な〜んかなんとなく世界がキラキラして見えてきて。  え、私、いいじゃんって、思えてくるのよ。  それでそういうことをママに話したんだけど。  ちょっと今の私じゃまだ、それを胸を張っていいでしょって言うことは難しいんだけど。  そういうものなの?って、思わないでもないんだけど。  ママってば、なんて言ったと思う? 「おめでとう、トマトちゃん。あなたの能力が覚醒したわよ」  ですって!  え、え、え、え!?ど、ど、どーーー!??  どういうことって、言いたいのね。  どういうことですかよ、お母様って。  そりゃそうよ。ちょっと今のお言葉、承服いたしかねます、だわよ。  だって、能力?覚醒〜?  私、テレキネシスもサイコメトリーもクレアボヤンスも使ってないわよ〜って。穴があったら叫びたいぐらいよ。 「トマトちゃんの能力は、パーソナリティ・チェンジよ」  って、ママったら、魔法の絨毯を見つけたわ!ぐらいの勢いで言うんだけど。  何よ、それ!パーソナリティ・チェンジ?そんなの聞いたことないわ。超能力大辞典の何ページに載ってるのよ〜ってぐらい、超、超、超、超マイナー超能力。  そんなもの受験に出て、先生、こんな問題出ましたけど〜って持っていっても、先生目を丸くして教科書をバサバサめくっちゃって、う〜ん、ちょっと眼鏡屋さんに行ってくる。ってぐらい、超超超ナニソレ能力。 「良かったわね。トマトちゃんの能力は、あらゆる超能力の中でも最強の力なのよ。おばあちゃん、羨ましいわ」  おばあちゃんまで、何言ってるのよ〜。  テレポーテーションの方がいいに決まってるでしょお〜、なんて。  サイコーモードが一気にしおしおトマトに変わってっちゃったわけ。  よりにもよって自分の能力がわかったことによって!  と、いうのが、私が超能力を持ったイキサツ。何が言いたいかっていうと、私が児玉トマトで、パーソナリティ・チェンジっていう超能力の持ち主だってこと。  ああ、疲れた!もう、作文は苦手なんだから、あんまり説明させないでよ!  でも、でもね、わかったでしょ?これで、あなたも。その頃の話はこれでオシマイ!どうでもいいのよ、小学生のときの話は。熟れる前の、花開く前のトマトの話はそんなに詳しくなくてもいいの。  だって私、花の受験生なんですからっ。世間では暗くて長い冬の受験時代なんて言われてるけど、乙女の開花は止められないわよっ。蕾はもう、綻びかけているんですからぁ!  だから、ね、これからのことを考えると、ユーウツになったりもするんだけど、そんなトマトじゃいられないわけ。こんなときこそパーソナリティ・チェンジよ。せっかくの超能力なんですから、有効に使わないとね?  まずは、鏡に自分を映すところから始まるのよ。何が見える?そう、世界で一番かわいい美女の姿…、じゃなくって。  連日連夜のハードな受験勉強で、げっそりしょぼーんの冴えない少女の顔よ。  あ〜、寝ぐせボサボサ、お肌アレアレ。世の中の不幸の全てってわけじゃないけど、ほんのちょっぴりぐらいは両肩にずっしり背負っている、いたいけで儚げな、まるでドラマに出てきそうにもない、普通の少女よ。誰、エキストラって言ったの。  そんなの、あんただけじゃないわよって声も聞こえてきそうだけど、許してね。だって女の子だもん!私が主人公。  真っ直ぐ瞳を見つめて、念じるわ。  今から私、ちょっといいトマトよ。史上最大、今世紀最高、不滅の不朽の不死身なんて〜んじゃないけれど、ちょっぴりいいトマト、真っ赤に実った、ステキなトマト。 「パーソナリティ・チェーンジ!」  呪文を唱えれば、あらあら不思議。途端にキラキラ光り出すわ、世の中が。  って、これは雰囲気。ホントは叫ばなくてもできるけどね。叫んだ方がなんか、美少女ヒロインみたいでしょ?雰囲気が大事よ、女の子は。  なんて、冗談。でも、変わるのよ。あれ、ちょっと今日の私、いい女じゃない?連日の勉強疲れも、なんか普通の顔に影を落としていい感じ?セクシーな大人の女って雰囲気出てるんじゃない?  ま、そこまではいかないけど、絶対二年生に間違えられることはないわよ。  それより不思議と気分ウキウキなの。口角アップ!目力グングン!鼻の穴全開!って、そこはいいわ、普段通りで。元気になりすぎるのも考えものよね。  もう、ルンルン気分。今日はいいことありそう。お花畑を散歩するような気分で下におりていって、ママ、おはよう! 「もう、トマトちゃんってば、いつになったら起きてくるのよ。遅刻するわよっ」  え、え!もうそんな時間だった!?  時計を見たら、うわっ、ヤッバ!ひょえ〜な時間じゃないの。 「あ〜ん、もっと早く起こしてヨォ〜」  ドタバタ、バタドタ。大急ぎでアレをやってコレをやって、ドライヤー一発ドカンとかけて、パンをくわえて飛び出したのよぉ〜。  通勤途中のサラリーマンとすれ違って、なんだあの子、みたいな目で見られて、もうマンガみたいじゃないの。昔の!  どうせマンガみたいなんなら、ピューって空を飛んでいけたらいいのにぃ〜。  ウヒー!ヒイコラ、ヒイコラ、ゼイゼイゼイ。なんでウチの隣に学校建てなかったのよを〜。花の受験生をなんだと思ってるのかしら。  あ〜ん、あ〜ん、あ〜ん、なんて、人生最大の衝撃が訪れたわけでもないのに言葉を失っていると、のっそり、のっそり、いるのよ!  あれ、ウチの男子の制服じゃない?もう、遅刻ギリギリだってのに、余裕かましちゃってるのが!  遠くから見ると小さな黒い点だったのが、私は猛スピードでダッシュしてるもんだから、みるみるうちに大きくなっていって、大きく大きく、わちゃっ、どこまで大きくなんのよ、この人!  一人しかいないわ、こんなの。こんな大きな背中は。相撲部の高梨さんじゃない。こんなにゆっくりしてていいのかしら?って、さっきから進んでないみたいだけど。  あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。なにかを探してる様子。そんな、こんな遅刻しそうなときに悠長に探さなきゃいけないほど大事なものなわけ? 「高梨さん、おはよう!早くしないと遅刻するわよっ」  別にそんなに親しい間柄ってこともないし、無視したっていいわよね。しおしおモードのトマトだったら、そうしてたかもね。でも、今の私はこれでもパーソナリティ・チェンジの効果が続いてるから。親切トマトよ。 「やあ、トマト君か。君もおはよう」  君もおはようって。絶対受験で出ない、そんな表現。 「おはようじゃないわよ。遅刻するわよ」  2回目よ! 「それはわかってるけど、ちょっと無くし物をね」  落とし物って言いなさいよ。日本語から日本語の翻訳って不便! 「何を落としたの?宿題?体操着?それとも調理実習で使う圧力鍋?」  何を作らせるのよ、ウチの学校は! 「いや、おにぎりを食べながら来たんだけど、落としちゃったんだよね」  そんなもの、なんで朝からコロリンしてんのよっ。ネズミ穴に入ったのに決まってんじゃない。 「拾っても無駄よ。もう食べれないわ。それより早く学校行きましょうよ」  な〜んて言ったら、私おかしかった?自分ではまともだったと思ったんだけど。高梨さんの反応は違ったのね。 「何を言ってるんだ、君は。世界には今この瞬間も、たった一つのおにぎりが食べられなくて苦しんでいる人たちだっているんだよ。食べ物を粗末にするだなんて、そんな罰当たりなことをしたら未来永劫地獄の業火も金次第だよ」  な〜んて、真剣に怒り出すんだから、参っちゃったわよ。 「うう、ごめんなさい」  私、そんなスケールの大きなこと言われたって困っちゃう。  でも、でも、でもね。今の私は完熟トマト。やっぱりパーソナリティ・チェンジが効いてるのよ。  普通だったら、なんかめんどくさい人ね〜って思うところを、好意的に捉えちゃうのよね。  高梨さんって、ただの大飯食らいかと思ってたけど、意外と芯の一本通った人なのね、って感心しちゃった私は性格美人。 「ふう、わかってくれればいいんだよ。取り乱してごめん。それより、そのパン、食べないなら僕にくれないか」  へっ?このパン?私が口にくわえて出てきた食パンのことかしら?って、今はくわえてないわよ。手に持ってるの。そうじゃなきゃ、いくら超能力者だって喋れないでしょ!そんなこと言わなくたって察しなさいよ、受験生なんだから。私、新聞は読めないけど、そのくらいの読解力はあるわ。  それはそうと、ここまで全力ダッシュしてきたんだから食べれてないわよ、パンなんか。口ん中、水分失っちゃうし。あんなのはマンガの世界だけってことね。でも、いいの? 「これ、私の食べさしよ」 「かまわないよ。力士はパンを見ると食べたくなるんだ」  そんな法則、誰発見?信憑性は薄いけど、走りながらパンは食べれない法則は見つけたから、私はもう食べなくってもいいわ。 「じゃあ、高梨さんにあげる」  そうしたら、高梨さんはものすごく嬉しそうな顔になって。あら、かわいい、なんて。  でも懐からマヨネーズを取り出してベッタリパンに塗ったのには、流石の私も人生にマヨいそうになったわ。なんでそんなもの持ち歩いてるのよぉ〜。人の好みをあれこれ言うつもりはないけど、絶対味覚にマヨってるわよ、それ。 「ムシャ、ムシャ。ああ、助かった。おにぎりを落としたものだから、学校まで行くエネルギーが得られないところだったよ」  そんな燃費の悪い体で、よく今まで生きてこられたわね。 「もう、のんきなこと言ってるわね。そんなんで受験を乗り切れる?」  テスト中にマヨうの禁物よ。 「いや、僕は相撲で高校行くことが決まってるから。受験勉強はしなくていいんだ」 「まあ、羨ましい。それで遅刻しそうなのにこんな余裕綽々なのね」 「とんでもない、大忙しさ。高校生に当たり負けしないように、今からいっぱい食べて体を大きくしなきゃ」  人も羨む忙しさだわ。 「それに高校の全国大会で活躍して、スカウトの目にとまれば、大学も相撲で行ける。それどころか、相撲部屋からお誘いが来るかもしれないよ」 「高梨さんはプロ志望なんだ」 「そうさ。だから今から手形にサインの練習で、たこ焼きパーティする暇もないぐらいだよ。大関になったらテレビに引っ張りだこだし、横綱昇進のときの口上も今から考えておかないと」  それは随分と大きな風呂敷をお広げですこと。  でも、高梨さんって確か中学の全国大会でもいい線行ってなかった?あながち夢物語でもないわよね。  あれ、どうしたのかしら?高梨さんってば、さっきから私のこと、まじまじと見つめちゃってない? 「トマト君」 「ひゃ、ひゃいっ?」 「今日のトマト君って、なんかキラキラしてるね」 「ひゃ、そ、そうかしらっ?き、きっと走ってきたから、青春の汗が朝日に照らされて輝いてるんだわっ」  ちょっと、高梨さんってば、見かけによらず鋭いわ。私がパーソナリティ・チェンジしたこと、見抜かれちゃってるのかしら? 「いや、そうじゃなくって。トマト君って、なんか面白そうな子だなって、前々から気になってたんだよ。一度じっくり話をしてみたかったんだ」 「ええーっ、そ、そうなの!?」  きゃ、やだ、これってもしかして告白?  君のことが気になってましたって、そ、そういうことなの? 「め、迷惑だった?」 「そ、そそそ、そーんなことないっすよ。私だって気になってたわ。この人どんぶり何杯食べるのかしらって」 「アハハ。やっぱりトマト君は他の女の子と違うなあ。特別だよ」 「た、高梨さんこそ、特別よ」  やだー、ドキドキ。急に高梨さんがかっこよく見えてきちゃった。 「もし、君みたいな女の子と一緒にいたら、きっと毎日楽しいだろうなあ」  まあ、高梨さんったら!  やっぱりそうだわ。これってそうだわ。高梨さんって私のこと、そういうことなんだわ。  も、もう、思わせぶりなこと言ってないで、力士だったらまっすぐ来なさいよっ。なんてね。顔が赤くなっちゃう、きゃっ。 「ドジなところも、面白いしね」  ガビーン!そっち?でも、ドジでダメって言われるより、いいかしら? 「た、た、た、高梨さんは、つ、つ、付き合ってる、ひ、人とか、い、い、い、いないの?」  って、どこ見てんのよ。 「あった、あった」  きゃっほーい、って勢いで喜ぶような勢いなんですけど。  おにぎりが見つかって良かったですね。でも、そんなに喜ぶことかしら? 「どうするの、それ?砂利が付いちゃってる」 「食べ物を粗末にはできないよ。後で綺麗に洗って、リゾットにでも作り直そう」  懐からザルを取り出して。って、なんでそんなもの持ち歩いているのよ。 「相撲部の部室って、色々置いてあるんだぜ。リゾットパウダーに中華鍋、たこ焼きパーティセットにすっぽん養殖プール。それと何にかけてもカレー味になる魔法の調味料」  カレー粉よ、それ。 「放課後に部室に来てくれたら、トマト君にも食べさせてあげるよ」 「お、女の子が相撲部の部室なんて行けないわよっ」  たは、顔があっつ〜い。私っていやらしいのかしら。 「ごめん、ごめん。でも、そうやって恥ずかしがるところが、またかわいいなあ」  きゃっ、かわいいですって。やっぱり高梨さんって、私のことが好きなんだわ。どうしよう、こんなシチュエーション慣れてないよぉ〜。 「そ、それより、早く学校行きましょうよ。そもそも私たち遅刻するかどうかの瀬戸際にいたんですからっ」  なんか大袈裟。青春って、いちいち大袈裟よね。 「じゃあ、これ持ってて」  なんて、渡されたのはザル。落としたおにぎりを入れたザル。登校中にそんなもの渡されるシチュエーションが到来するなんて、前代未聞。 「ヨイショ」  って、あ、あれ、視界、変わってない?なんか空が見えるんですけど! 「走るよ」  ドス、ドス、ドス、ドスって、意外と速いんですけど! 「え、え!?高梨さん、これって!?」  もう、びっくり!びっくり!インド出身のアフリカ象もびっくりよ!  だって、だって、これが音に聞くお姫様抱っこ?中学生になって現実が見えてきて、人生計画から真っ先に外したお姫様抱っこ?  高梨さんってば、私をお姫様抱っこしたまま走っていくんだもの!  中肉中背の私をよ!?  前々代々未々聞々ですことよ〜っ!!  で、結果から行くと、二人ともアウト。見事に遅刻して、先生にこっぴどく怒られた。  でもね、私、そんなこと全然気にならなかった。  だって、さっきからずっと夢の中。プルンプルンのトマトゼリーになっちゃってるんだもん。  今の私、無敵よ。どんな攻撃も私を傷付けないわ。  だって、ある?ある?  お姫様抱っこよ、お姫様抱っこ!  お姫様抱っこされるなんて、徳を積みまくりの人生を100回繰り返して生まれ変わって、ようやく経験できるもんだと思ってたわっ。  今でもなんか、宙に浮いてるようなフワフワした感じだもん。本当に浮いてんじゃないかしら。新しい超能力覚醒しちゃった?  そう思って足元を見てみたら、四股を踏んだようにしっかり地面に付いていた。  もう、決まり、決まり!私の将来決まったわ。私、高梨さんのお嫁さんになるわ。  そうしたら、もう、そうしたらだわよ!私ってば、横綱夫人?着物着て微笑んで、優勝した高梨さんの隣で幸せ満点なオーラを日本中に振る舞いているあの役目ってことよ。  子どもがいたら横綱の腕の中でスヤスヤ眠ってて、それがもうほんっとに手のかからないいい子で、私は鯛を持ってるの!  生臭いわね。それはいいわ。  けど、内助の功立てまくりで、世間からは理想のお母さんなんて言われまくりで、そんでもって息子も角界に入って親子二代で横綱よ。  その頃には私もおかみさんだわ、おかみさんっ。おかみさんって何する人かしら?まあいいわ。そのうちわかるでしょっ。  な〜んて、ルンルン気分で家に帰って、さあ、受験勉強するかって思ったのよ。だって横綱が結婚したら、奥さんの経歴だってちょっとは出ちゃうんじゃない?やっぱりそれなりの大学出てたってことを示したいのよ。見栄よ、見栄。見栄のために勉強するんだわ。なんか文句ある?  いざ、勉強机って思ったけど、今ってお相撲やってるのよね。未来の横綱夫人なんですから、お相撲はチェックしなきゃいけないわよね。  なんて思ってテレビをつけたの。  お相撲見るなんて久しぶりだなあ。  今って結構イケメンのお相撲さんがいるのね。ふうん、高梨さんよりいい男よね。いやいや、ブンブンって首振っとくわ。私、一途なんですから。浮気性な女は嫌いよ。高梨さんだってわりと平凡だけど、大銀杏結ってまわし締めればきっといい男だわ。  あっ、大関・高尾山が出てきたわ。私、高尾山好きなのよね。頑張れ〜!  え?高尾山って今、大関じゃないの?いつの間に陥落しちゃってたのかしら。  今場所ももう既に負け越しちゃってるし。  あっ、負けちゃった。  ちょっと、この成績じゃ来場所は十両よ。え、え?今、私が見てるのが十両なの?じゃあ、高尾山って来場所幕下?あの大関だった人が?  あ、今度は梨の花。梨の花ったら、学生横綱の中でもぶっちぎりの史上最強の横綱として、鳴り物入りでプロになった人よね。  まだこんなところにいたんだ。私、もうとっくに横綱になってると思ってたわ。  あ、梨の花も負けちゃった。相手の人はヒョロヒョロしてるのに。  嘘、お相撲ってこんなに厳しいの?  高梨さんは中学で全国行ってるから、余裕だと思ってたわ。  こんなはずが、どうしよう?  無理だわ、無理。あのぼんやりしてる高梨さんじゃ、絶対横綱になれっこない。  うわぁ〜、この人カザフスタンから来てるんですって。対戦相手はウズベキスタンから?どっちもでかい、強そう、怖そう。  駄目だわ、高梨さんじゃせいぜいナポリタンよ。  しょぼ〜ん。勝ちパターンの人生が待ってるかと思ったのに、これじゃ万年敗戦処理だわ。シーズン80試合も登板したのに、契約更改の席じゃ勝ち試合じゃなきゃ評価しないって、ただでさえ低い年俸も25%ダウンよ。って、このチームどんだけ負けてるのよっ。  だは〜っ、こりゃ見栄のためでなく、自分の人生のために勉強するわよ。  って、あらやだ私、いつまでテレビ見てんのよ。いつのまにかお相撲終わってるわ。  勉強はご飯を食べてからね。  ん〜、と。確か今日気になるドラマがあったわよね。どうせついでだから、そっちを見てからでいいわよね。  あら、やだ。このドラマ面白〜い。あっという間に1時間経っちゃった。  次のドラマも面白そう。ふんふん、いいわね、いいわね。こっちはチェックしてなかったけど、見て良かったわ。  何、ママ、お風呂?入るわよ、入る。花の受験生がお風呂に入らないわけないじゃない。受験は常在戦場よ?いつ何があるかわからないんですから、体の隅々まで綺麗にするわよ。今、エッチなこと考えた人いるでしょ、不潔!  え?何、ママ。いつまで入ってるのよって、出るわよ、出る。そんなにがなり立てなくたっていいわよ。トマトスープになる気はないんだから。  え、何?変なことばっかり考えてないで、早く勉強しなさい?  なんで知ってるのよ。って、テレパシー!  もう、ママ、超能力が使えるからってマナー違反なんだからぁ〜!  はっ、もうこんな時間。寝なきゃ。  くう〜ん、せっかく今日はサイコーの気分だったのにぃ〜。  すっかりしなしなしおしおトマト。くす〜ん、勉強は明日から仕切り直そう。  で、翌朝は早く目覚めたわよ。だって、また遅刻しそうになって、のんびり歩いてる高梨さんと一緒になっても気まずいじゃない?  彼ったらその気になって、またお姫様抱っこされるかもしれないし。どれだけされても、あなたとは結婚できないの。ごめんね。  というわけで、始業時間の30分前には着いたわよ、学校に。  さすがにこの時間は誰もいないな〜。  う〜ん、早朝の空気って清々しい。  そうだわ。誰も見ていない。花の受験生がこんなユーウツモードで一日を過ごせるもんですかっての。今、やっちゃおう。 「パーソナリティ・チェーンジ!」  できるのよ、実は。叫ばなくてもできるけど、鏡がなくたってできるの。あくまで私の内部のことですもの。  でも鏡があった方が、雰囲気なくなくなくない? 「おはよう、トマト君」 「#%$ギャーッ!!!*<>*!!」  って、あっ、あっわわわわっ…。  ど、どうしよう、誰もいないはずの教室に、見たこともない黒縁眼鏡のニキビ面の少年が一人。…って、知ってる人だわ。 「ジャ、ジャ、ジャ、ジャワ島さん。ど、どっから声出してんのよ」 「こっちのセリフだよ。それに僕は川藤」  そうだわ。この人はこのクラスに並ぶ者なき秀才の川藤さんだった。 「あー、びっくりした。お、お、お、おはよう。川藤さん、今日は早いわね。どうしたのよ」 「それもこっちのだね。僕はいつもこのくらいに来てるよ。誰もいない教室で昨日の勉強の復習をしてるんだ」 「そうなんだ。さっすが川藤さんね」  あ、あれ?川藤さん、なんか私のこと、まじまじと見つめちゃってるんですけど。ま、まさか? 「気のせいかな?今日のトマト君、キラキラしてるね」 「き、き、き、気のせいよ。だ、大秀才の川藤さんが間違えるはずないわっ」 「…やっぱりそうかな」 「そ、そうよ、そう。そうに決まってるに3万点」  うひぃ〜。川藤さん、鋭いから。超能力がバレたら一大事。 「それより、何だったの、さっきの?何か叫んでいたようだけど」  ぎゃ、見られてたの!? 「な、ななななななな、ナナフシのナナフシギ。何でもないわっ。そ、空耳よっ」 「そうかな?確かに君がパーソナリティなんとかって言ってたような気がしたけど」 「あ、あれ?あれのこと?あ、あれはね…」  やっばーい。何とかごまかさなくっちゃ。 「あ、そうそう。いま流行ってるドラマなの。昨日やってたのよ。主人公の決め台詞なのっ」  とっさに口から出ちゃったわよ。でも、川藤さんはドラマ見てないでしょうから、ナイス出まかせよね。 「おかしいな。僕も見てるけど、そんなのなかったはずだけど」 「ええーっ、川藤さんドラマ見てるの!?べ、勉強しなきゃダメじゃないっ」 「僕は貝令高校から是非来てくれって三顧の礼をもって迎えられてるから、受験勉強する必要はないんだよ。勉強が必要なのは君の方だと思うけど」  ガビーン!貝令高校って、ノーベル賞受賞者を何人も輩出してるっていう、超エリート高じゃないの。秀才ってかわいくない。 「パ、パイロット版はそういう設定だったのよっ。み、見てないでしょっ。3年前に15秒だけ放映されたのっ」 「そうだったかなぁ?だとしたら、本放送と全然違うよね。パーソナリティチェンジとか、主人公の人格が変わる設定なんてないもん」  だびゃっ!!この人、全部ハッキリ聞いちゃってるじゃないの!? 「あっ、あれっ!?あれのこと!?あ、あれは、違うの違うの、違うのひょ〜。ううん、ドラマの話じゃなくて、そ、そうそう、あ、あれは、英単語の復習よ、復習。昨日覚えた英単語を、忘れないように復習してたってわけ。なあ〜んだ、もう、川藤さんってば。そっちのことならそっちのことって、先に言ってくれればいいのに〜」  なんて、バシバシバシ。川藤さんの肩を叩くわよ。あら?川藤さん、顔赤いわ。強く叩き過ぎた? 「トマト君、それは本当かい?」  う、秀才らしき鋭い追求。真犯人を見つけるときには心強いけど、か弱き乙女にはやめてほしいのダ。 「ほ、本当よ、本当。天地神明に誓って本当なのダ」 「本当に本当?」  キラーンと眼鏡光らせるの、やめてーっ! 「ほ、本当に本当に本当に本当!」 「そうか…」  ほっ、納得してくれたかしら? 「だとしたら、トマト君」 「な、何かしらっ?」  真剣な顔で、何どうしちゃったの? 「君も毎日このくらいの時間に来るといい」 「ひょっ、ななななな、何!?」  や、やだあ、超能力をバラすぞって脅されるのかしら?そんでもって、黙っててやる代わりにあんなこったやパンナコッタや食べさせられてしまうんでしょうかお母さま!!? 「これから僕が勉強を教えてあげよう」 「な、なんと!」 「この時期にあんなに簡単な単語を復習してるようじゃ、先が思いやられる。どんな高校にも受からない。これから僕が毎朝、君の勉強を見てしんぜよう」 「ありがたき幸せに存じまするぅ〜」  やだ、何この展開。川藤さんに勉強教えてもらえるなんて超ラッキー。もしかして私でも貝令高校受かっちゃうかも。  って、このときの私、やっぱりパーソナリティ・チェンジが効いていたのね。  後から冷静に考えてみると、毎日早起きしなきゃいけないし、大秀才の指導を受けるって、身に余る光栄のようでいて、ほんっとに身に余ったのよ!  もう、厳し〜いっ。ったら、ありゃしないわ。私、こんなハードな勉強したことなかった。  うひえ〜、これが秀才なのね。たった30分の勉強が、私の今までの30年分にも相当したわ。  え?何よ。ちゃんと生まれる前に天国でのほほんと暮らしてたときの時間も計算に入れてるわよっ。  でも、でもね、でもなのよ。なんだかんだ言って川藤さんの教え方って上手だし、私の学力もグングン伸びてきたわけ!  や〜ん、これなら志望校余裕で受かっちゃ〜う。 「すごいわ、川藤さん。やっぱりいい先生に付くと、成績上がるわね」 「そ、それは生徒がいいからだよ」 「やだ〜、お世辞なんか言っちゃって!」  って、肩をバシバシバシ。あら、川藤さんったら、顔赤い。 「お世辞じゃないよ。君に教えていると、僕も調子がいいんだ。なんか、トマト君は話しやすいな。一緒にいてリラックスできるというか」  あ、あら、そう?ちょっとドキッ。 「結構できるようになってきたから、志望校上げてみない?貝令はさすがに無理だけど、隣にある桜貝女子を受けてみたら」 「桜貝女子ったら、貝令のエリートと付き合うことが多いという、あの名門女子高?」 「う、うん。そうしたら、また勉強教えてあげることもできるし」  嘘!?これってもしかして、もしかするパターン? 「びゃっ、ノ、ノーベル賞受賞者の貝中教授の奥さんも、さ、桜貝女子だったわよね」  このニュースは私でも知ってるんだ。貝中教授は、初恋の人との恋を実らせて、僕がノーベル賞を受賞できたのは妻のおかげですって、名言をお吐きになられたのよね。  貝中教授の生い立ちはドラマになって映画になって漫画にもなって、私も映画見たのよ。  奥さんの貝子さんの役を、ハリウッド女優のカイリ・アサリンスキーが演じて話題になったの。 「じゃ、じゃあ、校舎は違えど二人は…」 「一緒に登校して一緒に下校したりも、自由自在だ」  と、いうことは、やっぱりもしかしてもしかして、もしかするパターンで。 「も、最寄り駅は蛤駅だったかしら?蛤通りって有名よね。お洒落なお店がたくさんあって、ドラマの撮影にもしょっちゅう使われていて」 「う、うん。そこを通らないと学校には行けないし」  ですって!やだ、そんなところを貝令の制服と桜貝女子の制服が仲睦まじく歩いてたりして、ときどき肩がぶつかって、ぽって顔を赤らめたりして、なんて純情。  道行く人が、あらあの子たち、貝令と桜貝女子の、カ、カカカ、カップルだわ、ステキね〜なんて、指差したりして。  …指は差さなくてもいいわ。失礼よね、恥ずかしい。  そんでもって川藤さんはT大だかK大だか知らないけど、私の志望校になることは決してないようなスンバラしい大学に進んで、将来ノーベル賞取っちゃったりした暁には、僕がここまで来れたのは妻のトマトのおかげですって、全世界に宣言しちゃうんだわ。 「と、と、と、ということは、わ、私たち、つ、つ、つ、つ、付き、付き、付き合っ…」 「トマト君。トマト君。正気に戻りたまえ」 「あ、あら?先生?今日はいずこへ?ごきげんよう」 「何をわけのわからんことを言っとるのだ。とっくの昔に授業は始まっておる。とっとと教科書を開きなさい」  え、え、え!?な、なあ〜んだ、そうだったの?  いつのまにか他の生徒たちもみんな来てて爆笑。もうそんな時間だったのね。  やだ、つい妄想に浸って現実を見失ってたわ。  や〜ん、恥ずかしい。真っ赤に実った熟れ過ぎトマトになっちゃう。  チラッと川藤さんを見たら苦笑。でも、その眼鏡の奥にある優しさをしっかり受け止めたわよ。  私たち愛する者同士、通じ合ってるんだからあ〜。  と、いうことで、ということでよ!  授業なんか上の空よっ。  だって私が見ているのは、未来の教科書。  ノーベル賞受賞者の川藤教授とトマト夫人の写真が載ってる教科書よ。これからはキューリ夫人よりトマト夫人だわっ。  だからこれって不可抗力。幸せ物質脳内充填完了すると、時間はあっという間に過ぎてくの。もはや放課後よ。  もうルンルン気分でルンバなんか踊っちゃったりして、校内を練り歩いちゃう。私の通った跡は綺麗になってるわ。  大丈夫?私の足、ちゃんと地に着いてる?  今朝のは超恥ずかしかったけど、でもね、でも、でもでもでも!決まりよ!  決まったわ。私の人生、赤い絨毯の上を歩くが如しよ!  私、川藤さんのお嫁さんになるわ。  その方がいいわよね。横綱の奥さんになるよりずっといい。  だって時代は、勉学の世よ。こんなご時世にスポーツで身を立てようってば、ギャンブルに等しいわよね。  ああ〜、ノーベル賞夫人になったらどうしよう。  最低でも映画化されるわよね。私の役はトップアイドルのイカ山イカ子ちゃんにお願いするわ。  でも、監督さんから本人の方が綺麗だって言われちゃったりして。お目が高いですこと!  今からセリフの練習もしておこう。  そんでもって世界中から尊敬の眼差しを受け続けて暮らして、理想の奥さんコンテスト30年連続で優勝して、ジンバブエを訪問したら経済効果が天文学的数字になって、一気に先進国の仲間入りよ。  女神様扱いだわっ。  だとしたら、死んだ後も放っとかれないわね。  トマト神社なんか建てられちゃったりして、祀られちゃうわよ。  恋愛にご利益があるってんで若い女性が殺到したりして、私、世話焼きだから張り切っちゃうわ。  もう、いくら神様ってっても、こんなに一度にお願い叶えれないわよ〜ってぐらいに繁盛しちゃったりなんかしちゃったりして。  伊勢神宮の神様のところに行って、神様、ヘルプミー!大忙しでごじゃりまする。恋愛成就に優秀な神様を三十柱ぐらい派遣してほしいでハブメルシー。  うきゃ〜、夢が広がり過ぎるぅ〜。  そのためには、まずは、まずは、まずは浮世の塵芥って、まずは何から始めればいいんだろう。 「トマト君、受験勉強しよう」  そうだ、そうだった、そうだったわ。まずは受験勉強って、受験勉強ってどうやればいいの? 「今日は僕の家で勉強しよう」  そうそう、そう。川藤さんの家に行って…って、え!?お、お宅の敷居を跨いじゃう? 「か、川藤さんっ、いきなり何よっ。い、い、い、家って、じゅ、受験生が不潔だわっ」 「失礼だな。僕の家は最新式のエアクリーニングシステム搭載だよ。相撲部の部室みたいなのとは違うんだから。それに、僕の母上様もご在宅だ」 「え!きゃ、きゃわとうさんのお母上様がいるの!?や、やだ、もうご挨拶?ちょっと伊勢まで行って赤福餅買ってくるわ。それと美容院」 「大袈裟だなあ。勉強するだけなんだから、そんなのいらないよ」  あー良かった。そうよね、私たちはまだ花の受験生なんですから、清く正しく勉強するわよ。  そんなドラマみたいな急展開、そうそう起こりっこないわよね。 「ちょっと待ったあ〜!」  って、この野太い声には聞き覚えがある。 「わっ、高梨さんじゃないの」 「トマト君、探したよ。あれから君にリゾットを食べてもらおうと思って、部室でずっと待ってたんだよ」 「え、リゾットって、もしかしておにぎりコロリンしたやつ?」 「そうだよ。綺麗に洗って、相撲部伝統のちゃんこリゾットに仕立て上げたんだ。と言いたいところだけど、このちゃんこリゾットはテレビでも取り上げられたことがあるぐらい大人気で、OBの人とか近所の人とかもよく食べに来るから、おにぎりコロリンのやつはとっくの昔に食べられてしまった。だから改めて魚沼産のコシヒカリを使って作り直したんだ」 「まあ、魚沼産のコシヒカリ。私、三度の飯より魚沼産のコシヒカリが好きなのよ。高梨さんってば、私の好みをよくわかってらっしゃる」 「今がちょうど食べ頃だよ。ささ、行こう」  高梨さん、軽々と私を担ぎ上げて、きゃ、この体勢は、人生で二度あることは三途の川を渡るよりレアケースの、お、お、お、お姫様抱っこを〜!? 「ちょっと待ったあ〜!」  え、に、2回目?  今度は川藤さんからちょっと待っただわ。 「トマト君にちゃんこリゾットを食べさせるだなんて、とんでもない。意志の弱いヘナチョコ受験生にあんなおいしいものを食べさせるのは毒だ。トマト君にはこれから僕の家に行って、みっちりむっちり勉強してもらうんだ。トマト君を置いて、大人しく立ち去りたまえ」  まあ、川藤さん、なんて男らしい。  ドサッ。って放り投げられる私。  イテテテテ。もう、もっと丁寧に扱いなさいよっ。 「ほう、いくら大秀才の川藤君の頼みとあっても、ここは引き下がることはできないな。僕はずっと前からトマト君にちゃんこリゾットを食べてもらいたくて用意していたんだ。君の方こそ、大人しく立ち去りたまえ」 「僕だって、ずっと前からトマト君に勉強してもらいたくて用意していたんだ。諦めるのは君の方だ」  ど、どうしよう!  私を巡って2人の男がバチバチっちゃってるわ。そんな、2人とも仲良くして〜。 「だめだ。トマト君は僕とちゃんこを食べるんだ」 「いいや、僕と勉強だ」 「ちゃんこだ」 「勉強だ」 「ちゃんこだ」 「勉強だ」 「ちょっと待ったあ〜〜!」  3回目よ、3回目っ。 「待って、待って、2人とも。私のせいでケンカしないで。2人の気持ちはよくわかったけど、平和的な方法で解決して。好きな女の子を取り合って2人が争うのを見るのは嫌よ」  そう、ここは女神様が止めないと。 「な、何を言ってるんだ、失敬だな、君は」  あ、あれ、川藤さん? 「そ、そうだよ。僕らは別に好きな女の子を取り合ってなんかいないぞ」  高梨さんまで? 「え、だって、2人とも私が欲しくて取り合ってたんでしょ?」 「は、破廉恥だなっ。僕は君に勉強を教えようとしていただけだ」 「ぼ、僕だって、君にちゃんこを食べて欲しかっただけだよっ」 「え、え〜っ。でも、それって私と付き合いたいってことでしょ?」 「友達としては付き合いたく思うね」 「うん、うん。僕も同感だ」 「え!え!?だって、じゃあ、どうなるの?桜貝女子の制服は?ノーベル賞夫人は?トマト神社は?横綱の鯛は誰が持つのよっ」 「はっは〜。言ってることはよくわからんが、さてはトマト君。君は妄想を先走ったね。僕が将来ノーベル賞を取ったときには、その夫人に収まろうという魂胆だ。ジンバブエを訪問して天文学的な経済効果を目論んでいるね」 「なるほど、なるほど。僕にも事情が飲み込めてきたぞ。トマト君は僕が将来横綱になった暁には、良妻賢母の鏡として国民の尊敬を集めたいと、そういうことだな」  ギャ、ギャフン!  なんで言わないことまでわかっちゃうのよっ。  恥ずかし〜いっ。勝手に2人は私のこと好きだと思ってたあ〜っ。 「ふう、なんか疲れたな」 「僕もだよ。お腹空いちゃった。そうだ、川藤君。今から相撲部の部室に行って、ちゃんこリゾットを食べないか」 「いいね。以前から食べたいと思っていたんだ。そうだ、高梨君。君、ゲームやらないかな。僕、トマトマファンタジーの156を手に入れたんだ」 「え、トマトマファンタジーの156?あれやってみたかったんだ」 「ちゃんこを食べたら、早速僕の家に行ってやろうよ」 「そうしよう、そうしよう」  え、え、え!?なんで男同士仲良くなっちゃってるのよ〜。 「ま、待ってよ、私も行く〜っ。私もちゃんこ食べたい!トマファンした〜い!」 「君はだめだ。相撲部の部室は女人禁制だ」 「ゲームなんかやってないで、勉強したまえ」 「わ〜ん(泣)」  ああ、ああ、ああ〜んっ。  男たちが私の元を立ち去っていく……。  告白もしてないのに、フラれるなんて、そんなのアリ〜!??  ぐすん、ぐすん、ぐび〜ん。  せっかくキラキラのトマトだったのに、がっくしトマト。  うえ〜ん、うへ〜ん、夕日が身に染みるわ…。  一人トボトボ帰るトマト。  きっと今の私、このトマト出荷できないから家で食べようってビンに入れられて浅漬けの元をトクトク入れられて、そのまま戸棚にしまい込まれて忘れられて何十年か後にお酒になって発見されるレベルのしょんぼりトマト。  天の岩戸があったら入りたい…。 「トマトちゃん」  あ、あれは、私を呼ぶ神たちの声。それとも幻聴かしら? 「トマトちゃんってば」 「あら、お母様?もう都からお戻りになられたのですか?」 「単なる買い物帰りよ。お母様だなんて、よっぽどショックなことがあったのね」  涙がトマトジュースのようにあふれて、思わずママに抱きついちゃったわよ。 「そう、恋が始まってもないのに恋が終わったのね。失恋って辛いわ」 「いや〜ん、ママ、心を読まないでーっ」 「それはそうと、おばあちゃんがチャチャっとお伊勢参りに行ってきたのよ。トマトちゃんの好きな赤福餅あるわ」 「えっ、赤福餅?」  私、赤福餅大好きなのっ。同級生には好きっていいにくいけど、タピオカよりも赤福餅命なのよ〜っ。 「やった!赤福餅に比べれば、横綱もノーベル賞もどってことないわよっ」 「あらあら。トマトちゃんの花が開くのは、まだまだ先ね」  あ〜、なんだか世の中キラキラ見えてきたぁ〜。  パーソナリティ・チェンジ使った?まあ、いいわ。  私、児玉トマト。花の受験生。最強の超能力の持ち主……、かな?どう思う?
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