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ゴーレムをやっとのことで倒した。その瞬間、一行の頭上に窓が開いた。
「外部お知らせ先」
パーティ一行はギョッとしたが「これも魔王の罠だな」とリーダーが気を引き締めた。
「ふむふむ?」
学歴の高い魔導士のアーガスが象形文字を読んだ。
「ん~。なになに? 『運営者からのお知らせを外部サイトから配信しています。黄昏絡網世界にアクセス不能状態に陥ったときでも運営者からのお知らせを確認できます』」
「よくわからんが、ニルヴァーナって古エルフ語じゃないか?」
騎士が耳の尖った女に振る。
「どうやらお告げのようね」
ハイエルフの詩砂が声を潜める。
「黄昏? 何のことだ。こんな地下迷宮に昼も夜もあるもんか。それにお天道様を拝めなくなったら誰に連絡するんだ。夜か?ダンジョンの闇は俺達の敵だぞ」
リーダー格である騎士ポールが突っ込んだ。
「これはきっと魔王が、神さまの行いを邪魔したんでしょ。夜はこのダンジョンの中で最も危険な場所なのよ。ダンジョンは人間も魔族も絶対的な壁で隔てられているわ。人間や魔族は皆魔王を倒さなければ入れないから。だから神様が魔王を倒すまで待ちましょ、神様よ」
女僧侶でもある詩砂はそう言って譲らない。
「なるほど。君は本当にいろいろなこと知っているね。私は魔王の脅威か“ダンジョン=魔王”という概念を勝手に作り上げていると考えるわけだ」
魔導士は詩砂の昂りをいさめる。
「魔王の脅威はいろいろあるわ。人間がどんな魔法を使えるか、どんな戦い方をしてくるか。神様はよくわかってるね」
「そのとおりだ。魔王とはその全てを支配する厄災だ。世界の最果てからは追い出したいが、人力ではかなわない。しかし、この魔城があれば世界を支配できる。ここで邪悪な人間や魔族の脅威を排除して、そして良識ある人間が支配しようと思えばできるんだ。この世界の支配者は魔王じゃない。ダンジョンを奥の院まで取り調べすることになった冒険者だよ。具体的に誰といえば…」
アーガスが詩砂を見やる。
「君が世界を支配する?」
ポールは首をかしげた。
「ええ。神さまは世界の支配者は私、というか、『このメッセージの解読を成し遂げた者』って明記してある」
確かに最後に読んだのは詩砂だ。
しかし魔王の脅威はただ単に奥の院を暴いただけではおさまらない。精神体を破壊するか、その怨念を鎮める必要がある。
アーガスは古びた攻略本を紐解いた。定期的に復活する魔王に対し様々な対策が開発されている。数あるなかでアーガスがおすすめのページを開いた。
「魔王を倒すには雌のドラゴンを配偶しなければ気が納まらない」
「それは…」
アーガスは顔を曇らせた。魔王の趣味にも困ったものだ。
「神さまに仕えるものとして言わせてもらうなら、魔王はドラゴンじゃない。ドラゴンは女神様に仕えるものとして扱うべきじゃないかしら」
詩砂は僧侶である。
「女神さまはその通りだと言ってくれるが、他にその通りにしているものはないだろう…」
ポールは唸った。
「じゃあ何を言ってもダメなのか。女神様はどう?」
アーガスはいぶかしげな顔でポールを見やる。
「女神様は女神様だ。神さまでありながらこの場の支配者になることを望んでいるんだ」
ポールは頷いて言った。
「他に思いつきそうな単語は……」
「『魔王はドラゴンを神さまに捧げて、神さまとして世界の管理をすることを望んでいる。そのためにこんなダンジョンの最奥に』ですね」
「そうか。ではこのダンジョンの最奥ではないか。その場所を探せばいいんだ」
「他のダンジョンを探すなら、そのダンジョンのボスを倒すしかない」
アーガスは渋い顔をして言った。
しかしポールはそれでは厳しいし、まずはダンジョンへ行かなければならない。
「神さまが管理する最上階ってどんなところなの?」
「『女神様の神殿』だ。女神様が祈れば、女神様の神殿にも世界の中心があるのさ」
アーガスの言葉にポールは驚いた。
「『女神様の神殿』を探すんか。そんな場所があるの?」
「探した方が早いな。とりあえず行ってみよう」
二人は神殿へと向かった。
神殿はアーガス達がいるような神殿とは比べものにならないくらい大きかったが、彼女たちが来たことで安心したのか、中に入ることができた。少し遠いというか、まるで神殿に行ったかのような錯覚を覚えるが、それは正しかった。
「女神様の神殿に行くよ。私はそこへ行ってみよう」
アーガスは彼女達を神殿の最奥の扉に向かって呼びかけた。
その声に反応したのか、二頭のドラゴンが飛び出して来た。アーガスは、両手を上げてそれを受け止めた。「おい、アーガス。何でドラゴンなんだ? 女神様はドラゴンじゃない」
「ドラゴンは女神様だ。だからドラゴンを神さまに捧げるんだよ」
アーガスはドラゴンを抱きしめたまま答えた。
「アーガスさん、それじゃダメよ。ドラゴンなんて。だって、ドラゴンは魔物よ。ダンジョンの奥から出てきて人間を襲うわ。ダンジョンの外で見たでしょう」
詩砂はドラゴンを睨む。
「でも、ドラゴンは神さまだよ。女神様のためにドラゴンを捧げないといけない」
「えっ!?」
アーガスは詩砂の顔を見て、そしてドラゴンを見た。
「君たちはドラゴンを神さまだと思っているかい?」
ドラゴン達はアーガスの目を見つめていた。
「私にはわからないわ」
詩砂は首を振った。
「神さまの言うことは正しいはずなのに、間違っているようにも思える」
「そうだよね。神さまが間違ったことをするわけがないのにね」
詩砂はアーガスの手の中にあるドラゴンをじっと見つめる。
「あなたは神さまを信じてる?」
アーガスは目を閉じた。
「神さまは信じられないけど、ダンジョン=魔王の脅威と、神さまは関係すると思うよ」
「どうしてかしら」
「神さまを信じる人間が少ないからだ。神さまの力は強いのに、信じてもらえないと力が弱くなるんだ」
「じゃあ魔王も同じことなの?」
「うん」
「魔王がいなくなったら、神さまの力はまた強くなる?」
アーガスはしばらく考えて、口を開いた。
アーガスはドラゴンを抱きしめながら言った。
アーガスはドラゴンを手放すことにした。
ドラゴンはアーガスの腕から抜け出し、神殿の外へと出て行った。
ドラゴンがいなくなると、扉はゆっくりと閉まり始めた。
アーガスはその様子を見ていたが、すぐに視線を扉から外した。「神さまがドラゴンを欲しているんだ。ドラゴンを捧げたら、神さまはもっと力を手に入れるよ」
アーガスは言った。
「でも、神さまは人を助けてくれるんじゃなかったの?」
アーガスは静かに微笑んで、首を横に振る。
「神さまが人間を助ける必要なんかないよ。神さまは、人間よりも上の存在なんだ。だから人間を助けるのは人間の仕事だ。神さまが助けるのは、人間を神さまの信者にするだけさ」
アーガスは二人を見る。
二人の顔は険しくなっていた。
アーガスはさらに続けた。
アーガスは話を続けた。
アーガスは話を締めくくる。
二人がアーガスの話を聞いた後、彼女は神殿の出口に向かった。
神殿を出ると、すぐそばに一人の男性が立っていた。
「誰?」
アーガスが尋ねる。
男性はアーガスを見て言った。
「僕は《黄昏絡網世界》の運営者です」
「そうか。この世界に夜があるのは、あなたの仕業だったのですね」
アーガスが言う。
「まぁ、そういうことです」
「それで、私達に何か用ですか?」
運営者は笑顔を浮かべて答える。
「いや、特にありませんよ」
「では、失礼します」
アーガスは男性の横を通り過ぎようとした。
運営者がアーガスを呼び止める。
「お待ちください」
「何でしょうか」
「あなた達が神と呼ぶ存在について、お話ししたいことがあります」
「えっ!?」
アーガスは運営者の方を向いた。「どういうことですか」
「僕も神なんですよ」
「はっ?」
「正確には、神に近い人間といったところかな」
「それは、どういう…………」
「そのままの意味ですよ」
「わかりました。とりあえずお聞きしましょう」
「ありがとうございます」
「まず最初に言っておきますが、私は神の存在を疑っています。神は人間を作った創造主だと言われていますが、本当にそうなのかどうか。人間が作った作り話で、本当は神など存在しないのではないかと思っております」
アーガスは淡々と語った。
「なるほど」
「神がいるなら、なぜ人間がダンジョンで死んだ時に復活させてくれないのでしょう。もし神が存在するのならば、人間は何度死んでも生き返ることができるはずなのですが」
「その疑問はもっともなことです。しかし神は存在しません。神は人の信仰によって存在しているのです」
「神は人間の作った創作物だと?」
「そうです。神とは、人間が書いた物語の登場人物のようなものでしかないのです」
「つまりあなたも神ではないということか?」
「そうです」
「だがあなたは、我々プレイヤーの前に現れた。しかも我々の前には、男性として現れた。これはあなたの書いた小説の中の人物ではないのですか?」
「いいえ、違います」
「では、どうやって神が人間の前に姿を現せたのだろう」
「あなた達は、神の姿を目にしましたか?」
「いえ」
「僕は見ました」
「見た? どこで? いつ?」
「黄昏の世界の神殿に、女神はいました。ただ、その姿は人間と同じでした」
アーガスは考え込む。
そして呟く。
アーガスは目を大きく開け、両手を握りしめた。
そして言った。「まさか!」
「どうしたんです」
「もしかすると、神さまは、私たち人間と同じような姿形をしているのかもしれない」
「そうかもしれませんね」
「でも、どうして今まで気づかなかったのでしょう。神さまがどんな姿をしているのかなんて」
「それは、人間と違うところがあったからじゃないのかな」
アーガスはハッとした。
神さまには人間と違うところがある。
それは一体なんだろうか? アーガスは思った。
神さまは男性の姿。
それが意味することは? アーガスは恐る恐る尋ねた。
アーガスは運営者に問う。
神は男性なのか? 答えはすぐに出た。
運営者はアーガスの目を見て言った。神は男性です。
アーガスは震えながら叫んだ。
神は男性! 神は男性だった。
アーガスは膝をついて泣き崩れた。
運営者はそんなアーガスに言う。
あなたも神なのですね。
アーガスは運営者を見た。
あなたも神なのですね。
アーガスはうなずいた。
運営者もうなずく。
アーガスは立ち上がった。
アーガスは運営者の前で土下座をした。
アーガスは涙声で嘆願した。
神さま、どうか我らをお救いください。
アーガスは頭を下げて懇願した。
アーガスは運営者の前に手を突き出す。
アーガスは運営者の手を掴んで自分の顔に押しつけた。
神さまの手のひらにキスをする。
神さま、私の願いを聞いてくださり感謝します。
アーガスは涙を流していた。
アーガスは神さまの手に口づけをしながら祈った。
アーガスは運営者の手の甲に唇を押しつける。
アーガスは地面に額を擦りつけて泣いた。
アーガスは嗚咽しながら神への祈りを捧げる。
アーガスは神さまの足下にひれ伏して神を崇める。
「この男は神を信じているのでしょうか? それとも何かの宗教に入っているんでしょうか?」
ポールの言葉で我に帰った。
詩砂もポールも怪しげな目つきで見ていた。
アーガスは神が男性であることを告げた。
ポールは驚いて詩砂を見る。
「ハイエルフは神さまを信じるのですか?」
詩砂は首を振る。
「私は信じないわ。神を信仰するハイエルフは森の賢者と呼ばれるエリー教ぐらいよ。でも黄昏をプレイしていた人間は、皆同じことを言っていたわ。神は人間のような姿形をしているって」
「つまり神の正体は人間だということですか?」
「そうよ」「では我々人間も神になれるということですか?」
「そうよ。私たちは神の作りし人間だから。人間も魔族も同じ人間よ」
「神になるにはどうすればいいのでしょう」
「神は人と同じように生活しているだけよ」
「でも我々は、神のように生きられない」
「そうね。私達と神様とは違うのよね」
「そうだ。俺達は所詮人間だ。人間には限界があるんだ」
アーガスは言った。
人間の力では神になることなどできない。
ハイエルフである彼女ですら無理だ。
神になるためにはまず神を知らなければならない。
神とは一体何なのだろう。
神はなぜ人間の姿をしているのだろう。
神はどこからやってきたのだろう。
神は何をしているのだろう。神は何を考えているのだろう。
神は一体誰なのだろう。アーガスは思った。
「人間が考えてわからないことが神には理解できるというのですか。そうしたら神=人間というのは矛盾しますね。運営者とやら、貴方は嘘をついている。本当は何か隠してるでしょう?」
アーガスが図星を指すとエリーがぎょっとした。
運営者が苦笑いする。
アーガスは神を疑う。
神はなぜ人間と同じ姿をしているのだろう。
アーガスは思った。
神はなぜ人間と同じ生活を営んでいるのだろうか。
アーガスは疑問を抱いた。
神はなぜ人間と同じ行動をしているのだろうか? アーガスは思う。
神は人間の姿になって人間と一緒に暮らしているのではないのか? アーガスは考えた。
神は人間と同じ姿形をして人間と同じ生活を送っているのかもしれない。
アーガスは考える。
神は人間と同じ姿で人間と同じ生活を営み、人間に紛れているのではないか? アーガスは思った。
神は人間に化けているのだ。
「もしかして、これも魔王の罠だな!」
やおらバスタードソードを構えるとハイエルフの服を切り裂いた。詩砂は一瞬でビキニ姿にされる。
「きゃあ」詩砂は胸を隠す。
「魔王はハイエルフの肌が欲しいんだ。ゲート・ガーディアンはハイエルフの肉が好物なんだ」
ポールは詩砂の身体を触る。
「いや」
ハイエルフが涙を流す。
「やめろ」
アーガスはポールの腕を掴んで止める。
「このケダモノ」
詩砂をポールから奪って背に庇った。
「人間よ。我を倒せるものなら倒してみると良い。倒せぬときは我が妻を傷つけぬように頼む」
アーガスはゲート・ガーディアンを睨みつけた。
ゲート・ガーディアンもアーガスを見つめ返す。
「どうした? 我を倒せば我が娘は自由の身だぞ。魔王の呪いから逃れられるぞ」
ポールが叫んだ。
「お前なんかお呼びじゃないんだよ。こっちは男の娘が大好物なの。男は黙ってろ。ゲート・ガーディアン。お前を倒して娘さんを解放しよう」
「そんなこと魔王に言われたか?」
ゲート・ガーディアンが尋ねた。
「えっ!?」
アーガスは一瞬答えを躊躇ったが「言われました」と答えた。
「ほらね」テシアがアーガスにウィンクする。
テシアはアーガスの返事を聞いて笑ってしまった。「やはりね。魔王はアーガスとハイエルフの仲を裂こうとしたんだわ。アーガスはテシアの思い通りにはさせないわよ」
「でも、それが本当の狙いとは限らないんじゃないかしら」
エリーは懐疑的だった。
アーガスは剣を振り上げてゲート・ガーディアンに向かって突進した。だがすぐに止まった。
後ろから魔導士に抱きすくめられたからだ。魔導士はポールの首を締めている。ポールは暴れるが拘束から抜け出せない。
魔導士はエリーにもしがみつくと詠唱を唱えはじめた。
テシアは詩砂の手を引いて部屋の出口へ向かう。
魔導士の魔法が炸裂する直前 魔導士の頭に斧が突き刺さり、アーガスの肩の上に移動した白いドラゴンが口から炎を吐く。
「ひぎゃああぁああ」
魔導士は炎に包まれる 魔導士の断末魔の叫びを聞いたポール達は驚いた。
振り返ると赤い翼竜が立っている。その背中には二人の人影がある。魔導士の炎は彼らにまで及んだがダメージはない。彼らは何ごともなかったように着地すると魔導士の死体を踏み潰す。
ポールは絶句していた。
アーガス達もあっけに取られていた。
目の前に現れた赤い翼竜を見た時、ポール達の顔に衝撃の表情が現れた。
翼竜に乗っているのは二人。
一人は魔導士と同じく黒一色のローブに身を包み、手には身長ほどもある長い杖を持っている。もう一人は金色の鎧を着た人間の騎士だ。魔導士と違い甲冑で全身を包んでいるので素顔は分からない。
魔導士が死んだことで扉は再び閉まった。
黒魔導士は地上からの侵入者を見て言った。
ここは黄昏絡網世界の最下層地下10階にある。
「これはこれはアーガス様。お早いお着きで。まさかとは思いましたがここまで辿り着くなんて…………」
アーガスは顔を歪めた。
黒魔導士の声を聴いていたエリーの心の中で、何かが壊れる音が聴こえた。
黒いローブをまとった魔導士の横に立っていた女性。アーガスは彼女のことを知っていた。いや忘れられなかった。
彼女はかつてアーガスと一緒にパーティを組んで、魔王軍幹部、魔王四天王の一人であった《氷結魔導士レイラ》である。
今彼女が着ている漆黒のローブは黒魔導士の象徴だ。
だがあのときのレイラよりも遥かに邪悪なオーラを感じる。
エリーの唇から言葉が漏れる。
それは無意識に口に出していた。
なぜ彼女がいるのか?「あのとき、私を殺し損ねたのは間違いじゃなかったということだわ。私の復讐はあなたを殺すことだったのよ」アーガスもそう言いたい気分だ。
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