魔王を倒して帰ってきた勇者の様子がおかしい

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 とある剣と魔法の世界、人間の暮らすウマーノ王国、王都ウマーニア。  その中心に建つウマーニア城の玉座の間で、国王ジョアキム3世はしきりに貧乏ゆすりをして、報告があるのを待っていた。  今日は自国の勇者、アルフレッド・ラーウルが仲間とともに、世界を脅かす魔王ベースティアに挑むと聞いているその日だ。魔王を倒せば勇者が、魔王に倒されれば勇者の死体が、王城にやってくるはずなのだ。  しかして、日も傾きかけた頃。衛兵の一人が玉座の間に駆け込んでくる。 「国王陛下、一大事です!」 「どうした!」  玉座の間に飛び込んできた衛兵に、国王は玉座から立ち上がって問う。衛兵は晴れやかな笑みを浮かべていた。 「勇者アルフレッドが、魔王ベースティアの討伐を成し遂げ帰還しました!!」 「おお!!」  次いで発せられる言葉に、手を打って喜ぶ国王だ。  王城の外では、勇者アルフレッドとその仲間たちを出迎える観衆がつめかけていた。誰も彼もが喜びに満ちた表情をして、偉業を成し遂げた勇者を見つめている。 「勇者アルフレッドと仲間たち、ばんざーい!」 「勇者、ばんざーい!」  勇者アルフレッドが先頭に立ち、次いで戦士ドミニク・アーチボルド、魔法使いミランダ・ハント、僧侶エリー・ニーンが後に続いていく。王城の中へと入りつつ、アルフレッドが所在なさげに話した。 「すごい喜びようですね……」 「それはそうです、人間を虐げ、侵略してきた魔王ベースティアの最期ですから」  彼の言葉に、出迎えの兵士がにこやかに応える。  魔王ベースティアはその強大な魔力と支配力を以て、人間の町や国を侵略し、人々を苦しめてきた。ウマーノ王国の人々も魔王とその配下には、長年苦しめられてきたのだ。  その魔王が倒されたとあれば、喜びもひとしおだろう。  勇者一行を出迎えるウマーニア城の城門をくぐり、城のロビーを進んでいく。そしてその一番奥、玉座の間につながる扉の前に立ち、そこを開きながら兵士が笑った。 「どうぞ勇者アルフレッド、国王陛下がお待ちです」 「ありがとう、ございます」  兵士に頭を下げて、アルフレッドが扉をくぐる。次いで仲間たちも扉をくぐると、そこは玉座の間の手前にある待機所だ。  そこには警備をする衛兵が二人。そのうちの一人が、アルフレッドの姿を見て姿勢を崩した。 「アルフレッド!」 「ラルフか……!」  城の衛兵の一人、ラルフ・ウォーロックだ。勇者アルフレッドとは若い頃から訓練を共にした、親友の間柄である。  警備の仕事も忘れ、アルフレッドの両手をしっかりと握るラルフだ。 「すごい……本当にすごいよ、まさか魔王討伐を成し遂げるなんて!」  褒め称えるラルフに、アルフレッドが恐縮したように口角を持ち上げる。そのまま視線を、後方に立つ三人の仲間に向けた。 「いや……俺だけの力じゃないよ、仲間の力があってこそだ」 「あ……ああ、そうだな」  言われて、確かにそのとおりだと思ったらしい。ラルフがアルフレッドの手を離した。  魔王討伐は、勇者一人で成し遂げたものでは決して無い。ドミニク、ミランダ、エリーの三人の力もあって、初めて成し得たこと。それを分からないほど、ラルフは親友びいきでもない。  気を取り直して、彼は玉座の間につながる扉を開く。 「ともあれ、陛下がお待ちだ。中へ」 「ああ、ありがとう」  親友に礼を言って、勇者たちは玉座の間に入っていった。居並ぶ衛兵たちからも拍手が送られる。  ラルフともう一人、ゴードン・サールが玉座の間に入り、扉を閉めたところで、ひざまずく勇者一行へとジョアキム3世がとても嬉しそうに告げる。 「勇者アルフレッド! そして戦士ドミニク、魔法使いミランダ、僧侶エリー! よく生きて戻ってきた!」 「はい、陛下」 「またお目にかかれて光栄です」  アルフレッドが深く頭を下げると、ミランダもジョアキム3世に言葉を返した。ドミニクも、エリーも深く頭を下げている。  彼らを満足そうに見やりながら、国王は軽く玉座の肘置きを叩いた。 「遂に我々人間は、魔王ベースティアの魔の手から逃れることが出来た。それも全てそなたたちのおかげだ!」 「は……」 「有り難きお言葉に存じます」  力強い賞賛の言葉に、勇者一行の四名がますます頭を垂れた。ドミニクとエリーが返事を返すが、恐縮仕切りのその言葉。身に余る賛辞に小さくなっている、と人々は思うだろう。  だがしかし、ラルフはその姿に違和感を覚えていた。  アルフレッドの仲間の三人については、そこまで詳しく知っているわけではない。しかしアルフレッドは若い頃からの付き合いで、その性格をよく知っていた。  礼儀はわきまえているが自信満々で、誰の前でも緊張しないのが彼のいいところ。それが、びっくりするくらいに身を小さくしている。  そんな勇者の違和感に気づいた様子もなく、ジョアキム3世は話を続ける。 「明日(みょうにち)、記念の式典を開く。そなたらには王城に部屋を用意させるゆえ、その日までゆっくり身体を休めるといい」 「ありがとうございます、ご厚意に感謝します」 「お言葉に甘えさせていただきます」  式典、という言葉を聞いて初めてアルフレッドが顔を上げた。その表情はホッとしたような、どこか不安そうな空気が見て取れる。  エリーが礼を述べると、ジョアキム3世は隣に控える宰相ピエール・ヨークに視線を向けた。 「ピエール」 「はっ、すぐに」  言葉をかけると、ピエールがすぐに頭を下げた。一歩前に進み出ながら勇者一行に言葉をかける。 「黒檀(こくたん)の間に皆様をご案内いたします。期日までは、ご自由にお使いいただいて結構です」 「それは……!」 「素晴らしいですわ。感謝いたします、陛下」  その言葉を聞いて、勇者一行が色めき立った。  黒檀の間は、ウマーニア城の客間の中でも最上級の部屋だ。広い室内に豪華な調度品、眺めも非常にいい。他国の国王や王子などが招かれた際に案内されるクラスの客間だ。一行の喜びも当然である。  嬉しそうに微笑むアルフレッドに、ジョアキム3世が優しく告げた。 「うむ。式典で褒美を取らせるゆえ、楽しみに待っているといい。ピエール、あとは任せた」 「はい、陛下」  国王の言葉を受け、ピエールが大きく頭を下げる。壇上から降りてきたピエールが、微笑みながらアルフレッドに手を差し出した。 「勇者アルフレッドと皆様、ご案内いたします。こちらへどうぞ。それと……ゴードン、ラルフ、こちらへ。警護を頼みます」 「はい」 「はいっ」  そのまま彼らは玉座の間の扉の方に向かってくる。そして扉の前に立っていたラルフとゴードンに視線を向けた。すぐさま扉を開けた二人は、アルフレッドたちが扉を出て客間に向かう後についていく。  歩く間、ゴードンが隣のラルフをつついた。 「おいラルフ、よかったな。これでお前は救国の勇者の親友だぞ」 「ああ……信じられないよ」  対するラルフは、先を歩くアルフレッドを見ていた。自分の親友が、魔王を倒して国を救った。これほど誇らしいこともないだろう。  程なくして、黒檀の間に到着した。入口の扉を開きながらピエールが話す。 「こちらが黒檀の間です。中の設備はご自由にお使いください。お食事はお呼びいただければご準備いたします」 「ありがとうございます」  ピエールに頭を下げて、アルフレッドたちが室内に入っていく。各々の武具を下ろし始める彼らを微笑ましく見た後、ピエールが衛兵二人に声をかけた。 「では、二人は部屋に不審者が入り込まないか警護をお願いします。ゴードンは廊下で、ラルフはバルコニーで。交代要員は明日に回します」 「はい」 「はい……失礼いたします」  その言葉を受けて、ゴードンはピエールと一緒に黒檀の間の外に向かう。対してラルフは部屋の中を突っ切るようにして、バルコニーへと向かっていった。  途中、アルフレッドと目が合う。困ったように笑いながら、アルフレッドが小さく頭を下げた。 「よろしくな」 「任せろ」  それに笑みを返しながら、ラルフが小さく握った拳を胸に当てる。そしてバルコニーへの扉を開けて、彼はバルコニーへと入っていった。  眺めのいいバルコニーだ。山の上に立つ城だから景色はきれいで、遠くまで見渡せる。この風景を勇者よりも先に独り占めだなんて、贅沢な警備もあることだ。  しかし、気になるのは外の景色よりも中の勇者だ。警備もそこそこに、ラルフの視線は室内へと向けられる。カーテンに隙間が出来ていた。その隙間を覗くと、扉の方を気にしているアルフレッドと仲間たちがいる。 「……行ったかな?」 「はい」 「大丈夫だろう」  アルフレッドの言葉に、エリーとドミニクが言葉を返すのがかすかに聞こえてくる。その会話が妙に気がかりで、ラルフがまじまじと部屋の中を見ていたその時。 「ん……」  四人ともが身体を光に包む。そしてその光が収まった時、そこにはそれまでくつろいでいた勇者とその仲間は。  いや、いなかっただけならまだいい。代わりにそこに立っていたのは、魔物が四体。そのうちの一体、狼の頭部を持つ獣人が、身につけた鎧を脱ぎ捨てながらソファーに倒れ込む。 「は〜〜〜、つっかれた〜〜〜」 「お疲れさまです、」  重々しい声色ながら、なんとも気の抜ける物言いをした狼獣人に、竜人が柔らかな声色で言う。そこには先程、エリーが立っていたはずだ。 「っ!?」  突如変身して、本来の姿を顕にした魔物に、ラルフは目を疑った。  魔王ベースティアだ。そしてその側近の三人。猛牛ハリトーン、怪鳥ザンティピー、竜巫女マルヤーナだ。  先程までドミニクだったハリトーンが、ぐっと背筋を伸ばしながら話す。 「いやあ、なんとか切り抜けられましたね」 「ラルフ様に声をかけられた時はヒヤリとしましたね」  ザンティピーも翼を動かしながら微笑む。そしてその口からラルフの名前が飛び出したことに、思わずラルフは後退りした。 「……!?」  自分のことを把握している。それだけではない、今まさに自分は、勇者一行が魔王一行に変身するところを見たのだ。しかも今のやり取りからして、魔王が勇者を装っていたことは想像に難くない。  混乱の最中、ラルフは感づいた。  勇者アルフレッドの魔王ベースティアの討伐は、真っ赤なウソだったのだ。そうでなければ魔王とその側近が、ここにいるわけがない。  震える手で腰の剣に手をやりながら、ラルフは中の様子を窺った。もし魔王が国王やこの国の国民を油断させて潜入したのなら、放置は出来ない。  と、様子を窺うラルフの前で、完全にくつろいでいるベースティアがひらりと手を動かした。 「もうほんとだよ……我ゾワッとしたもの、声かけられた時……怪訝(けげん)な顔されたし……」 「ラルフ殿はアルフレッド殿の親友だと伺っております。致し方ありませんでしょう」  軽い調子の魔王の言葉に、ハリトーンが腕を組みながら肩を落とす。そうだろう、親友であるラルフはアルフレッドの細かいところまでよく知っている。違和感を感じるだろうことは、彼らも分かっているようだった。  ベースティアがふと、視線と指をバルコニーの方に向けた。 「というかどうする? そのラルフ殿がすぐ外のバルコニーにいるわけなんだが」 「そうですね……」  その動きにラルフが身体を強張らせる中、マルヤーナが難しそうな表情をした。そして静かに告げる。 「勇者アルフレッドが、勇者の役割を雲隠れした、そして魔王が討伐されたことにして、我々がとして戻って来た。誠意を見せるなら真実を明かすのも一つの手でしょうが」  漏れ聞こえるその言葉に、ラルフの手が剣から離れた。  勇者アルフレッドが、自分の親友の男が、勇者の役目を放り出して、国も友も、家族も全て捨てて行方をくらましただなんて。そしてその勇者の身代わりに、魔王とその側近が勇者一行を装って、魔王討伐を成し遂げたことにして戻ってくるなんて。  さらには魔王一行は、ウマーノ王国を侵略する意図など欠片もないようだ。理解が追いつかない。  ラルフの混乱している様子など気付くこともなく、ハリトーンが悩ましげに問いかけた。 「しかし、ラルフ殿が上に報告なさったらどうします? 間違いなく我々も、アルフレッド殿も破滅です」 「そうですよね、魔王を城内に引き入れたとして、もっとたくさんの人間が首を切られるかもしれません」  ザンティピーも困ったように目尻を下げながら言った。その彼女にベースティアが、ため息をつきながら言葉をこぼす。 「そうだよなあ……アルフレッド殿もそんなことは望んでいまい。の信頼を、我が裏切っては申し訳ない」 「……っ」  親友。その言葉に、ラルフが身体を大きく揺らした。思わず窓に強く両手をつく。その拍子に剣の柄が窓にぶつかった。大きな音に魔王一行が窓を見る。  目が合った。 「あ」 「あっ……」  見つかった。まずいと思うラルフだったが、相手も襲いかかってこない。それどころか居心地悪そうに縮こまって、ラルフを恐れるように見ていた。 「あの……ラルフ殿……」 「その……今の……」  こんな姿を見せられては、疑うのもバカバカしい。ラルフは観念して窓を開け、黒檀の間の室内に入りながら言った。 「すまない、魔王ベースティア、それに配下の三名。全て聞かせてもらっていた」  彼の言葉に、その場の全員の顔から血の気が引いた。がっくりと項垂れながらベースティアが息を吐く。 「はぁ〜〜」 「終わった……」  ハリトーンもがっくりと肩を落とし床に崩れ落ちている。ザンティピーもマルヤーナも、揃って落胆の表情だ。  さめざめと泣く四体に、そっと顔を寄せながらラルフは告げる。 「静かに。騒ぎがあったらゴードンも何事かとこちらに来てしまう」 「むぐっ」  その言葉にハッとした様子で四人が口元を抑えた。  そう、あちらの扉の外にはゴードンが立っていて、今も警備をしているのだ。騒ぎがあったら中の様子を窺うだろう。  口元に人差し指を立てながら、声をひそめてラルフは言う。 「私がベースティア……いえ、ベースティア殿と配下の皆さんをどうするか、それは今は置いておきましょう。ついては、伺いたい」  目の前の魔王とその側近に敬意を表して話しながら、彼は粛々と問いかけた。 「アルフレッドが、勇者の役目を放棄したとは、真ですか」  その問いかけに、四体が揃って項垂れる。そしてぽつりと、ベースティアが大きな口を開いた。 「……うむ、そうなのだ」 「アルフレッド・ラーウルとその仲間たちは、魔王ベースティアを倒すことで得られる平和が、偽りのものであることに気が付いた。結果として勇者としての役目を放棄し、祖国に戻らずに雲隠れすることを選んだのです」  次いでマルヤーナが静かな声で話す。その内容に、目を見開くラルフだ。  確かに魔王を討伐して人間の世界に平和をもたらしたとして、それで平和になるのは人間だけだ。魔物は虐げられ、怒りをため、新たな魔王を生み出して再び人間を襲うだろう。  アルフレッドは勇者として魔物退治の最前線で活躍してきた。そのことに気付いてしまって、嫌気が差したのかもしれない。  愕然としながら、ラルフが身を乗り出す。 「そんな……その、アルフレッドがどこに行ったのかは」  せめて再び会えるなら、話がしたい。その思いからの問いかけだったが、しかしハリトーンが首を左右に振った。 「すみません、ラルフ殿。自分の行き先を誰にも告げるな、というのが、アルフレッド殿との約束ですゆえ」 「ただ、生きてはいらっしゃいます。生きて、この世界のどこかにはいらっしゃる。そこは保証いたします」  次いでザンティピーが話した言葉を聞いて、肩を落としながらもラルフは笑った。アルフレッドなら、予想できることでもあった。 「そうですか……いえ、あいつは心の優しいやつでしたから。魔物を殺し続けることに、疲れたのかもしれない」  そう寂しそうな表情で話すラルフに、魔王たちからの視線が集まる。その瞳は随分と同情的だ。  やがて顔を上げたラルフが、こくりと頷く。 「分かりました。私もこれ以上追求しません」 「おお……」 「ありがとう、ございます」  その言葉にベースティアが感動の声を漏らし、マルヤーナが深く頭を下げた。  ここに、和平は成ったのだ。確認するようにラルフが問いかける。 「皆さんは、アルフレッドの身代わりとして、魔王が討伐され、勇者が凱旋したことにして収めようとしてくださった。本来の勇者が戻らなかったことこそ残念ですが、これもまた、平和の一つの形でしょう。皆さんにこの国を害するつもりがないことを、信じてもよろしいでしょうか」  その問いかけに、魔物四体がすぐさま頷く。 「もちろんだ」 「私たちも人間と敵対することに疲れました。もう、こんなことは終わりにしたい」 「魔王軍の魔物にも、これ以上人里を襲わないように伝えてあります」 「我々は……どこかこの国の辺境あたりで、ひっそりと暮らせれば、それで十分だ」  魔物たちの言葉に、もう一度頷くラルフだ。ゆっくりと立ち上がって、胸に手を当てながら話す。 「分かりました。ただ、この国にも魔王を討伐した勇者を迎えたというメンツがある。私も協力しますので、せめて……明日の式典が終わるまでは、勇者アルフレッドを取り繕ってください。他の皆様も。よいですね?」  ラルフの言葉に、すぐさまベースティアが頷いた。その目の端には涙が浮かんでいる。ハリトーンもザンティピーもマルヤーナも、こくこくと頷きながら言った。 「も……もちろんだとも!」 「我々も力を尽くします」 「命を取られないだけでも有り難いことだ」  ラルフに感謝の意を表する四体に、ラルフが片方の膝をつく。そして涙を流すベースティアの顔に手を添えながら、優しく言った。 「先程、ベースティア殿はアルフレッドを親友と呼びました。彼の親友なら、私にとっても友人です。親友の想いを無下にはしたくない」  彼の言葉に、ますます涙を流すベースティアだ。他の三体も涙を禁じえない。  話がまとまったところで、ラルフが立ち上がって腕を組んだ。 「さて、どうしましょう。私も式典の最中は側にいられるとも限りませんが」  明日の式典で、確実にアルフレッドが話をする場面は出てくるだろう。それだけではない、ラルフは衛兵として会場の警備をしなくてはならない。  やらねばならないことがある以上、アルフレッドを装うベースティアについているわけにもいかなかった。ハリトーンが慌てながら言う。 「そ、そうですね。我々が頑張らなくては」 「变化魔法が維持できることは分かりましたし、変声魔法も問題ない。あとは言動です」 「う、うむ……我がどうにかせねば。しかし、どうしたものか……」  ザンティピーが魔王の方に目を向ければ、ベースティアもこくこくと頷きながらも肩を落とした。  ドミニクやミランダ、エリーにまで話が振られることは無いかもしれないが、アルフレッドは確実に話す場面があるだろう。勇者の声を待ち望む人々も多い。  そこを切り抜けてしまえば後はどうとでもなる。ジョアキム3世が褒美を取らせるだろうが、城内に留め置かれるようなことがなければ万々歳だ。  ラルフが肩をすくめながらベースティアに話す。 「先程の謁見の際の口調は概ね問題なかったと思いますが、もう少し尊大に話されたほうがアルフレッドと思います。明日の式典ではアルフレッドが話をすることもあるでしょう、私がお教えいたします」 「おお、助かるぞ。是非ともよろしく頼む」  そこから、食事の時までラルフによるアルフレッドの話し口調講座が開かれて。食事の時になって声をかけてきたピエールとゴードンの声に、慌てて変身を行いながら笑い合って。  そして翌日、アルフレッド・ラーウル以下四名は王都での式典に出席、きっちりとスピーチを行って本来の姿を隠し通し、目的通りに辺境の領地を賜ってそこに引き籠もるのだった。  今もウマーノ王国の辺境では、元魔王とその側近たちが、領民と仲良くやりながらきっちり領地経営を行っているという。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!